2014年12月9日火曜日

アベノミクスが争点だと言うけれど

まいどブログの更新のたびに、お久しぶりですという状態で、恐縮しております。ネタ切れも言い訳にならないほど、国際社会もこの国の政治も異常気象など天変地異も相場変動も多々あるなかでであります。ブログを更新していなかっただけでなく、管理すら怠っていたことで、本来コメントをいただけるような方ではない雲の上の存在の方から貴重なコメントをいただいていたことに1ヶ月も気づいていなかった、、、したがって公開していなかった、、、という事態が発覚し、愛読者のみなさまをはじめ、何かと関係のある方々全員にお詫びを申し上げたいと思います。

その雲の上の存在のコメントの主とは、わたくしが大学の一年生だったときの数学の担当教官であった経済学者の塩沢由典氏です。

これは特別なケースだとは思いますが、あたりまえのこととは言え、誰に読んでもらえるかわからない公開ブログという媒体で何を書くかということの重大さを感じます。コメントによれば、塩沢先生は中央大学を二度目の退官をなされたとおっしゃってますが、それでも何かと精力的にお仕事や研究をされているはずなので、わたくしのすべての記事をお読みになって、理論的な間違いを指摘していただくようなことはないと思っております。しかし、わたくし自身(とグーグル)が削除しない限り、この先もずっと残っていくものですから、十分に用心しなければならないと思います。

実に、わたくしのブログの特徴だと思うことがあり、もうかれこれ3ヶ月もブログを更新していないので、読者の数も減ってきているだろう、ページビューも桁違いに下がってきているだろうと思ってチェックしたところ、そこで塩沢先生のコメントが未公開コメントとしてペンディングされていることに気づいたのですけど、意外とページビューが下がっていないことを観察し、驚いてしまいました。

こんな調子ですと、以上の前置きと、年末のご挨拶だけで、きょうもまた終わってしまいそうな勢いです。

本日のお題、アベノミクスが争点だと言うけれど、、、で書こうと思っていたわけです。そこで、塩沢先生の今日の活躍ぶりをチェックさせていただかなくてはならない気分になりました。

塩沢由典先生のサイト
http://www.shiozawa.net/

このブログへのコメント(もとの記事は直前(とは言っても9月11日)のスコットランドとは何か、、、です)のなかで紹介(宣伝!?)していただいている最新刊の著書
リカード貿易問題の最終解決--国際価値論の復権

値段をご覧になって、どうかビックリしないでください!!

この本には、未定稿の論文「リカード貿易理論の再構成--国際価値論に寄せてII」においては未解決の課題とされていた部分も最終決着したということです。

そうでなくても、このテーマは、政治家のみならずわれわれ国民がついつい安易に口にしがちな(日本の)国際競争力という問題に、重大な影響をおよぼす議論です。

これを読まずして、TPPを語る勿れ、アベノミクスを語る勿れ、ということでしょう。

したがって、以下の数行も未定稿とさせていただくしかないのですが・・・・

わたくしは、三本目の矢を伴わないアベノミクスには両手を挙げての賛成は出来ません。

しかし、その不完全さをあげつらう野党がほぼほぼ異口同音に言う、家庭ノミクスとか、実質賃金上昇とか、中間層の復活というのは、、、鎖国政策でも採用しない限り、、、不可能であるということです。

少なくとも、「これまでの」アベノミクスの本質である財政政策と金融政策に限れは、これを緩和するか引き締めするかという選択肢のなかで、貧富の格差や中間層育成という答えを出すことは出来ません。

議論を端折りますと、塩沢先生は、賃金率(実質賃金とほぼ読み替え可能)を決定しうるのは(その国の)技術だけである、と論じておられます。

ここでいう技術は、日常会話の技術とはかなり異なることに留意しなければなりません。例えば、我が国の樵(きこり)の方々の技術は、恐らく世界のトップクラスだと思うのですが、これは日本の林業の技術(平板な言い方をすると労働生産性とか資本生産性)の高さを意味しない、むしろ現実は低い等々、です。

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更に、話が飛びます。

天然資源もない、安い労働力もない、農業や林業の生産効率も悪い、の無い無いづくしのなかで、1000兆円もの貯蓄があるだろう、金融資産も立派な資源(生産要素)ではないか、という意見を良く聞きます。はたして、金融資産は生産要素であるという議論は正しいでしょうか???

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2014年9月11日木曜日

スコットランドとは何か

グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国、、、俗にいうイギリス(英国)からスコットランドが独立するかどうかを問う直接投票(レファレンダム)が、たった1週間後に迫っているということで、しかもまさかの賛成派反対はが僅差になっているということで、イギリス・ポンドは暴落。今年前半は深い眠に就いていた為替相場は一転して大荒れとなっています。


スコットランドの分離独立が予想外の現実味を帯びてきたことに加え、ことしは2月から、ウクライナ(クリミア半島)情勢やイスラム国の出現など、そもそも国家とは何かということを考えさせられる事態があまりにも多発しています。

世界中のどの地域においても、民族や地域の分離独立を望む派と望まない派で対立するのは、民族自決主義という大義名分のあるなしにかかわらず、経済的利害が圧倒的な要因であることに間違いありません。日本という国は、そのような「野蛮でドロドロとした欲」とは無縁であったからこそ万世一系の天皇家のもと、臣民は仲良くやってきたというのは、まやかしの皇国史観にすぎないでしょう。

日本のことはさておいて、スコットランドにおいては、スコットランド独立国が誕生するかどうかが9月18日に決着するという単純な問題でないところが問題です。

国家の定義は難しくてある程度曖昧だということですが、現代社会においては国際連合やEUなど、国際社会を引っ張っていると自負する国々による互助会で認められるかどうかもポイントです(国連⇔パレスティナの関係)。スコットランドはEU加盟国のイギリスから分離するのだから当然にスコットランド独立国もEUに加盟できるというのが独立派の主張ですが、大陸として繋がる加盟国はだいたいどこでも民族対立を孕んでいるため、民族問題の波及を恐れる加盟国はスコットランド独立を認めないという説を反独立派は煽っているところです。

もうひとつ国家の定義で最重要のひとつである軍隊を持つことについて。スコットランド独立派=反核(≒脱原発)であるため、スコットランドの海岸線に留め置かれているイギリスの原子力潜水艦を追い出して独立軍を形成しようというのが、直接投票後の計画なのですが、それを相手方の残されたイギリス側がすんなり認めるつもりがないという点。

そして、本稿の最大の目的である「野蛮でどろどろとした欲」の部分は、北海油田の権益と、イギリス・ポンドの採用継続です。

北海油田のほうは、どちらの国の排他的経済水域から油が湧いてきているということだけですんなり決着するはずはないのでしょう。

何と言ってもややこしいのは、現実に独立したあとも、スコットランドはポンドを使い続けたいとしていて、イギリス保守党はこれを許さない姿勢であるというところです。

(スコットランド地域ではロイヤルスコットランドバンクが発券銀行の一部を担っています。。。)

実際、ロイヤルスコットランドバンク(RBS)の破綻はリーマン・ショック時に世界で最大級の規模の血税が投入された事例です。さらにさかのぼれば、スコットランドの田舎銀行にすぎなかった同行が世界最大級の規模に成長したなかで、イギリス4大銀行のひとつであったナショナル・ウエストミンスター銀行を敵対的に買収したというステップがあります。

(ただし、イギリス経済を喰い物にしてきたかに見えるロイヤルスコットランドバンク(RBS)は、公式には、スコットランドが分離独立したら、本店をロンドンに移転すると言っています???)

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今回の新しい英ポンド危機は、9月18日で決着がつかない問題であるというところだけは押さえておく必要があります。


2014年8月15日金曜日

空襲前に米軍機よりばら撒かれたチラシ

また今年も靖国参拝。それも集団的自衛権の抑圧された狂騒の残滓のなかでであります。

本当の意味でのA級戦犯は誰なのか?何なのか?という問題に予断を持たずに答えるために隠された歴史をとことん紐解くにも限界があるかも知れません。

ひとつの緒(いとぐち)として、ヒロシマ、ナガサキ、オキナワ同様、決して過去のものにはならない東京大空襲を取り上げてみたいと思います。

グーグル検索の第一位は御多分にもれずウィキペディアです。

そして、第二位には東京写真紀行というサイトが入っています。サイトの管理者さんはわたくしの知り合いではないので、紹介して良いのか、どう紹介して良いのかわかりませんが、実は、だいぶ前に、JR武蔵五日市駅から戸倉三山という長い尾根道を歩こうとして挫折したことがあり、そのときに立ち寄った史跡名刹を調べようとして大変参考になったサイトだったのです。

ウィキペディア東京写真紀行も、ある意味では残念ながら衝撃的写真を好奇心kから覗いてみたというニーズも捕まえての上位入選というところはあるのかも知れません。それでも結果的に東京大空襲の悲惨さを多くのネットサーファーに知らしめ、多くの日本人に歴史責任を考えさせるきっかけを与えているとすると、有意義過ぎるボランティアだとわたくしは思います。

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そこで、わたくしがきょう注目したいと思ったのは、両方のサイトに共通する凄惨きわまりないイメージでもテキストでもないのです。後者には指摘があって、(網羅的媒体として知られる)前者には指摘がない、表題の「空襲前に米軍機よりばら撒かれたチラシ」についてです。

東京写真紀行のほうをスクロールしていってもらうと、出てきます。

このビラを拾うと非国民として罰せられた。このビラを見た人やうわさにより、東京から離れ被害に遭遇しなかった人も多かった。

もしこれが事実だったとすると、現在のイスラエル国ガザ地区の紛争と同じ構造です。圧倒的なイスラエル軍がガザ地区のパレスチナ系非武装市民をも攻撃しており非人道的だという現象面と、非武装市民への疎開勧告をイスラエル側は出していたのにハマス側が人間の盾にすべく自らの軍事拠点周辺に留まらせたという情報とが対立しているからです。

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人々の考え方や感じ方というのは、受けてきた教育や過ごしてきた環境で大きく変わるのは、世界がひとつに繋がっているかのようにみえる今日ですら同じです。しかし、今年で70週年を迎えるカウラ事件も然り、神風特別攻撃隊も然り、そして東京大空襲の米軍による予告があったのならばですが、もうちょっと見逃せないくらいの少数派が、非国民と呼ばれようが、恥ずかしかろうが、大日本帝国の惨敗は直感的に明らかだとして、非国民な行動の輪が形成されて、戦争指導者を暗殺する等々の動きが出来なかったものか?

かような草の根が踏み潰されていたとしても、東京大空襲を傍観していた指導者や、特攻隊への志願をさせていたまたはしていたエリート兵のなかからでも、レジーム・チェンジを確信して、レジーム・チェンジ後も生活基盤を失いたくないとの私欲からでも良いから、条件付き降伏を諦めさせようという動きが出来なかったものか?様々な要因があるので、仮にそのような指導部の分裂や下克上があったとしても、それだけで、ヒロシマ、ナガサキを食い止められたとは勿論言えません。

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オキナワ密約クラスの内緒話を胸に秘めて、多くの国民から罵倒されても、サンフランシスコ講和条約や集団的自衛権を批准させていくのは、保守系政治家としては立派な仕事です。だからと言って、それだけでまだ満足せず、「東アジアの結束は許せない」とする同盟国米国からの厳命に基いて靖国に行って、米国そのものから不快感を示されるという屈辱的な役回りをしているというのでなければ、保守系政治家としては残念なほどに脳天気はお話と言わざるを得ません。

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2014年6月30日月曜日

集団的自衛権の思い出

もう30年以上も昔の話なので、正確に思い出せる自信もなく、いい加減な記憶に基づいて公に文章を書いて良いものかどうか悩ましいのですが、タイミングとしては今しかないのかなと。

実は、前回のブログ(+メルマガ)執筆からちょうど半年もサボっていることになっていて、今日あたり更新をしないと、何千ものメーリングリストが消失してしまうらしいのです。

高校生のころ、もうちょっとだけ詳しく憲法を勉強しようと思い、本屋で買うことを決めたのが、伊藤正己著「憲法入門」(有斐閣双書)でした。

入門という文字と、本の薄さと、自分のお小遣いでも買える値頃感の三要素で選んだのであって、伊藤正己先生がその後最高裁判事としてMr少数意見と評されるほど東大卒のエリート中のエリートとは思えない反骨精神を知ったのはもっと後のことでした。

その当時は、「集団的自衛権は国連憲章で保障されている」「国連憲章は日本が批准した国際法であり、国際法は憲法に優先する」「したがって日本には集団的自衛権が当然に存在し日米安保条約は合憲である」というような三段論法に違和感を覚えたものでした。

そのころの憲法議論は、冷戦下、保革逆転なるかならないかという政治情勢(政権交代とは言いません)と、どちらかと言えば革新陣営の論客が大手を振るっていたアカデミズムの影響もあり、憲法第九条の解釈の争点は、第二項の冒頭の「前項の目的を達するため」の日本語解釈みたいなところがあり、完全非武装か(専守防衛の)自衛隊なら合憲かという問題でした。

時は移り、集団的自衛権までもか、個別的自衛権どまりか、と争点がシフトしたのは皮肉では片付けられません。

ところで、米軍基地というのは世界中にどのように分布しているでしょうか???

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E8%BB%8D

一ヶ月半ほど前に、アイルランドから昼間の会社の出張者が、ドイツからは知人が来たので、この話をしてみました。結果は、日本同様に米国べったりの両国ですが、ドイツは日本以上に、というか世界一米軍の兵隊を受け入れている国であるのに対して、アイルランドは米軍機がヨーロッパに飛んでくるときに頻繁に停留する場所なのにあくまで自国の空港を貸しているだけだというのです。おそらくドイツだけがダントツの例外で、他の西側諸国は、我が国における沖縄基地負担問題のようなものは存在しないとのことでした。

アジア特に極東は、これとは全く地政学上の位置づけが異なることが想像でき、実際そうなっています(上記ウィキペディア参照)。

さて、ドイツは日本同様、第二次大戦の敗戦国ということで、在独米軍の依存(?)が高いということで、米国に集団的自衛権の行使を迫られやすいと言えるでしょうか?上述の地政学上の位置づけの違いに加えて、EUへの所属問題もありますが、現実としては米国主導のイラク戦争に対して、フランス同様、反対し、参戦しなかったことは記憶に鮮明です。

それでは、日本は、ドイツ同様、在日米軍依存の体質を変えずに、集団的自衛権を拒否できるのでしょうか?右翼のひとでも、左翼のひとでも、商売目的ではなく、純粋な政治信条に基いて政治的主張を行うのであれば、在日米軍依存を断ち切り、自国防衛を確立し、集団的自衛権受け入れによる不確かな義務と権利に翻弄されないようにするというのが正論でしょう。わかりやすく言えば、米国主導の戦争に協力していれば、米国は日本を守ってくれるという、互恵的な関係、つまり契約には担保がありません。

しかし、この潜在的な不平等条約の前に、既に顕在的な不平等条約が存在していることを忘れるわけにはいきません。しばしば平和目的であると誤解されがちな核拡散防止条約です。我が国の自衛隊が実はどんなに強いからと言っても、またそれをどんなに強化すると言っても、我が国の周囲の国々には核があり、我が国にはないというのは動かせない事実であり、平和利用という大義名分で占有していた原子力発電用のプルトニウムも含めて米国の掌上にあるわけです。

日本としては米国の核の傘の下に入っているという虚勢を張るべく、非核三原則をねじ曲げ、日米軍事同盟と核拡散防止条約には甘んずるという方法以外にはないように思えます。

そして、最も重要なことは、このように独立国家とは名ばかりの今のところ表面上は豊かな国にしてしまったこの国の指導者の多くは、開戦や敗戦、そして戦後日本の繁栄と没落を導いてきた指導者またはその子孫であるということです。

そういうオボッチャマ政治家の口々から、他に手がないのです、と土下座して説明してもらったら、われわれ市井人としても、もうちょっとスッキリするのではないかと。

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