2010年3月8日月曜日

悪貨は良貨を駆逐する(第二回-後編)

悪貨は良貨を駆逐する(第一回-前編)
悪貨は良貨を駆逐する(第一回-後編)
悪貨は良貨を駆逐する(第二回-前編)
週末の「人民元のドルペッグ見直し発言」(中国の中央銀行総裁)もあり、「“実勢”に合わない固定相場を押し付けることが、そんなに害があるのか?」という議論をやっておく必要を感じました。

そもそも、昨年の今頃は、ガイトナー米財務長官に「為替操作国」と名指しされた中国が、足元では、米国の台湾への武器輸出や、オバマ大統領のダライラマとの会談(これまでの大統領とも会ってはいるのだが・・・)、おまけにグーグル検閲問題など、敢えてこの米中外交の軋みの最中に、為替(操作)問題で譲歩するというのも何か裏がありそうではあります。世界中の“自称”為替評論家が、声を揃えて、中国の人民元は米ドル(や日本円)に対して“実勢”ではもっと高い筈と言っているのですが・・・

「天は二物を与えず」と言うけれど

リカードまで遡る自由貿易礼賛論(自由貿易は弱肉強食による優勝劣敗ももたらすものではない。寧ろ、保護貿易より自由貿易のほうが、お互い得だという考え方)。実はアダム=スミスはおろか、ケネーまで遡るのですが、リカードの(発展途上国に対して開国と貿易自由化を求める「慇懃無礼」な)説明の仕方がユニークなため、その喩え話が自由貿易論の元祖の如く語り継がれています。

数学と経済学の天才であったサミュエルソンですら、経済学の中で直観で判りづらい有数の箇所のひとつとして挙げた比較優位(⇔絶対優位)の話。為替(相場)の代わりに、賃金を変数として用いることで、比較優位の話を、弁護士と秘書に置き換えるというのが、判りやすい経済学の定番になっています。

裁判で勝つための「ああ言えばこう言う」能力に長けた弁護士は、事務能力も高いことは良くある話です。裁判所に提出する文書なども、自分で作ったほうが早いのに、何故秘書を雇うのでしょうか?

依頼人の弁護のために調べ物をしたり作文をしたりすることに要する時間が3時間。それに関わる雑務を処理する時間が30分だとしましょう。秘書は、前者の仕事は出来ない、または経験の乏しいパラリーガルだとして、24時間、後者は何とか1時間掛けて出来るとします。どちらも、弁護士本人がやったほうが効率的なので、この場合、弁護士には「絶対優位」という言葉が当てはまりそうな気がします。

しかし、時間に対するコスト、つまり賃金(=弁護士にとっての機会費用)に柔軟性を持たせると話は変わって来ます。弁護士が「前者(依頼人関連の頭脳労働)から得られる報酬」/「要した時間」を時給3000円だとしたら、秘書を時給1500円以下で雇える場合、その弁護士は(自分より作業効率の悪い)秘書でも良いから雇って、それによって空いた時間を頭脳労働に振り分けたほうが良いということになります。一見、「絶対優位」に見える状況が、賃金というパラメータのお陰で「比較優位」に化けるというのが自由貿易(≒国際分業)の発想の原点です。

ベルリンの壁崩壊直後の東西ドイツ

トヨタ問題が尾を引いている今日でも、自動車(産業)はまだ日本に「比較優位」がある一方、穀物全般は米国に「比較優位」がある。。。こういう使い方は、あくまで直観であって、一見すると全産業が対国際比で見劣りするような国であっても、産業間の比較生産費に違いがあれば、交易のメリットがあるのだ、というのが前節の言い換えとなります。

まさに、ベルリンの壁崩壊直後の東ドイツこそが、そのような状況にあったのです(全ての産業で、西ドイツよりも効率が悪かった)。そこに、ドイツ統一による東ドイツ側へのメリット提供というメッセージも込めて1西独マルク=1東独マルクとやっちゃったために、東ドイツ側では旧国営企業の倒産が相次ぐなど、設備稼働率の大幅な悪化と失業率の大幅な上昇に見舞われ、経済破綻寸前まで行き、ドイツ統一の立役者であるヘルムート=コールは、東独視察時に民衆に卵を投げつけられるなど、色々なエピソードを生みました。

ここで、経済破綻を徳俵一本で救ったのは、通貨統合のやり直しではなく、また東独労働者の(最低)賃金切り下げでもなく、労働と生産技術の移動でした。効率性の高い工場が存在する西独へと東独労働者が「出稼ぎ」に行くことと、西独の民間製造業者が東独に生産拠点を設ける(移す)ことの両方が、ベルリンの壁さえ取っ払えば可能だったという当たり前の事実こそ、本来自由度を構成しなければならない、為替と労働賃金というパラメータが硬直化していても東独経済を死滅させなかった要因だったのです。

中国を“ハブ”とした通商摩擦が、果たして人民元問題として解決可能なのか、または人民元切り上げでしか解決不可能なのか?この問題を考えるとき、東西ドイツのマルク統合の事例は、またとない事例というか実験だったと言えます。与党も野党も大衆に迎合して最低賃金を云々している我が国が、人民元問題に触れずに中国と競争をしていくためには、残されたパラメータは、生産要素自体の移転(およびODAなど所得の移転(≒経済援助)の見直ししかないということです。米中ではどうでしょうか?

(参考文献)アダム=スミス『諸国民の富の性質と原因の研究』、デヴィッド=リカード『経済学および課税の原理』、竹森俊平『プログレッシブ経済学シリーズ 国際経済学』(東洋経済新報社1994年)特にp95~p100
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