2009年12月4日金曜日

北朝鮮のデノミを考える

緩やかなデフレに悩む国から近くて遠い国は、慢性的なインフレなのであります。北朝鮮では、したがって、過去5度も「通貨改革」を実行しているらしいのです(12/1朝鮮日報日本語版)。
http://www.chosunonline.com/news/20091201000018

今回、17年振りとなる「通貨改革」または「通貨交換」を、単にデノミと呼んでは本質を読み間違えてしまうようです。但し、北朝鮮というお国柄、奥の院からの公式発表が何も行われず、各国大使館宛に理由の説明を欠いたブリーフィングがなされただけ(12/2フィナンシャルタイムズ)ということで、各国主要メディアではその取り扱いの大きさから憶測や解釈に至るまで報道内容が様々であることが特徴です。

デノミの教科書的な解釈を軸に、無難にまとめているのがフィナンシャルタイムズ紙でしょうか。すなわち、

★大筋としては、11月30日から12月6日の間に、旧紙幣は、二桁少ない新紙幣に交換される。
★公式発表はいまだに無いが、インフレ対策に加え、闇市場(実態は行商人など)が不正蓄財した旧紙幣を召し上げることも目的。
★一部で不平不満が出ているとの噂あり。
★北朝鮮ウォンは著しく歪んだ通貨であり、公設市場では1㌦=140ウォンだが、実態は3000ウォンでしか取引されない。

これに対して、同じ英国でも、エコノミスト誌は、現地消息筋の情報を踏まえて、「庶民に対する国家の収奪・搾取」という観点を強調しています。まず、ひとこと目に、

★11月30日、北朝鮮人民の貯蓄が国家の命令により掻き消された。

そして、

★新紙幣への交換可能額は当初10万ウォンと設定されたが、国民の憤慨により、15万ウォンまで引き上げられたようだ。

エコノミスト誌は敢えてデノミという用語を使わず、鍵括弧付きで“revaluation”「再評価」が行われたのが17年振りだが、前回の目的が悪性インフレへの対策であったとは言え、今回の主眼はインフレではない(平壌の生活費用はこの17年間さほど上昇していない)と論じます。寧ろターゲットは、

★主として中国との商取引で金持ちになったビジネスマンや腐敗した公務員

だと。しかし、残念なことに、

★そのような利に敏い策士たちは、たった数百人くらいしかおらず、大抵は財産を人民元やドルや円に変えてしまっている。

なので、実際に最も打撃を受けるのは、平均月収5万ウォン程度の中流層であると報じています。

ちなみに、ウォールストリートジャーナル紙から幾つか補強材料を拾うと、

★政府からの公式発表が無いまま、水曜日から通貨の交換は実行され始めた。

★電話回線は遮断され、外出禁止令が発動されたこともあり、首都平壌は平穏無事である。但し、値札の付け替えのために、商店街はすべて閉店となっている。

★市場活動(≒資本主義的傾向)弾圧のために、これまででも最も大胆なfar-reaching施策で、米の価格が旧通貨ベースで20倍になったり、玉蜀黍が同30倍になったり、そして前述の利に敏いお金持ちが田舎に押し寄せ、「デノミ」についてまだ情報を知らない貧乏人たちから旧紙幣で農産物などを買おうという動きが出ている(この点は、仏教系チャリティ団体「良き友達」という在ソウルの対北朝鮮消息筋の話として韓国中央日報も同様の引用をしています)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=123555&servcode=500§code=500
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=123556&servcode=500§code=500

度々七転び八起きブログでご紹介している塩沢由典先生の著書「マルクスの遺産-アルチュセールから複雑系まで」のなかの一文に「共産主義は20世紀における人類最大の実験であった」というのがあります。この壮大な実験は多大な犠牲を伴いつつ、ソ連崩壊やベルリンの壁崩壊などにより失敗という結論でほぼ終結するのですが、まだ細々と実験を続けている国が、それも我が国の近くにあるわけです。

勝負あったかと思われる資本主義VS社会主義の冷たい戦いのなかで、北朝鮮の事例から日本は学ぶべきものはあるのでしょうか。資本主義陣営とは言え、純粋な「市場原理主義」など有り得ないことを考えれば、国家は民間の財産を簡単に収奪・搾取しうる点では、あまり北朝鮮のことを他人事と考えないほうが良いでしょう。例えば、固定資産税などは簡単に上げることが出来るのですから、不動産を「所有」しているとは思い込まないほうが良い。イギリスと殆ど同じで、御国から半永久的に借地をしているだけで税金という名の地代はこの先どうなるか判ったものじゃないと覚悟すべきです。

相続税や贈与税には色々な抜け道があるようですが・・・

実は、我が国の資本主義をもっとも停滞させているかも知れないのが、前出の中間層ですが、ここに良い顔をしないと選挙に勝てないという現状があります。北朝鮮の「デノミ」は、この集団と向かい合うわけですから、尋常なことではありません。

「まず財源ありきとの議論では駄目」「日銀はまだ寝ぼけたところがある」という金融担当大臣を誰も選挙で選んだ記憶がなくても、政府与党の代表のひとりであり閣僚のひとりなのであります。赤字国債を乱発して、日銀に引受させれば、財政法の脱法で簡単にインフレを起こすことはできます。そのことと、北朝鮮の「デノミ」という名の紙幣の紙屑化と比べると、政府による所得分配への介入という点では実態は同じで、技術的にも殆ど巧拙の差はありません。
CoRichブログランキング

0 件のコメント: