このような良書が、ジュンク堂書店やアマゾンでは手にはいらないのは残念でなりません。
塩沢由典先生が、アベノミスクの初期段階とも言える2013年5月に書かれた本です(発行・発売=編集グループSURE、2013年7月15日初版第一刷発行)。
おそらくは、車座みたいな雰囲気のなかで、経済学を専門とはされていないものの、世の中の森羅万象について感度の高い先生の知り合いを相手に、経済学の切り口からアベノミクスを中心とする2013年初頭の経済情勢、もう少し翻っては、それまでの【長期停滞】(いわゆる失われた20年)について、口語調で語られています。先生の著書のなかではとっつきやすいものです。
しかし、、、、、、
扱われているテーマはとても重く難儀なものです。語り口が優しいからと言って、容易に理解できるわけではありません。わたくしも付箋を着けながら慎重に繰り返し読んでみました。
【塩沢由典先生と竹中平蔵先生】
驚きました。ご自身では否定されているものの、世間では市場原理主義や新自由主義の権化というレッテルを貼られている竹中平蔵先生とそれほど意見が異ならないという箇所がいっぱい出てきます。
塩沢由典先生が、伝統的な経済学に対して批判的な立場で一貫して研究活動をされてきたこと、おそらくまったく、政官界との距離感は異なることに鑑みれば、新鮮な驚きです。
ところで、竹中平蔵先生が、どんなに政官界に近いとは言え、氏が繰り返し主張する「正社員という制度そのものを廃止すべき」という雇用のあり方の見直しは、氏が一番近い自民党はもちろんのこと、労働組合を捨てきれるはずのない民主党、、、(中略)、、、共産党まで、日本の既成政党でひとつとして政策に掲げているところはありません。
せいぜい、同一労働同一賃金までであって、これ以上に踏み込んだ既得権打破を訴える政党は、ひとつもないのです。
さて、以上をプロローグとして、「今よりマシな日本社会をどう作れるか」の論点をわたくしなりに5つにまとめると、
①アベノミクスは安倍のミックスである
②1991年以降の長期停滞の要因分析
③中国という十数倍もの「賃金格差」かつまたは「労働生産性」を持つ国が日本の(自由)貿易の相手方になるかぎり、日本の中間層の賃金を下げない経済政策がありうるのか?
④高福祉高負担でも経済成長を可能としたスウェーデン・パラドックスは日本でも応用可能なのか?
⑤日本でアメリカ(のシリコンバレーやイスラエルのヘルツリア)のようなベンチャー企業群、ベンチャーキャピタリストが育てられるのか?
①は、第一期アベノミクスの最初の2本の矢「金融緩和」と「財政出動」が一貫性のある経済理論からは意味不明であるという話。まず「金融緩和」についての意味と無意味については、このブログで再三触れてきたところです。つぎに「財政出動」については開放経済かつ変動相場制では(財政出動による有効需要の増加は純輸出の減少で相殺されるので)無意味とするマンデルフレミングモデルについて触れられています。
わたくしはマンデルフレミングモデルのような中立命題っぽい議論が個人的には趣味なのですが、これが現実にいまの国際貿易や国際金融のなかで成り立つかどうかは深く議論をしなければならないでしょう。ここでは深掘りされておらず、むしろ②以下の論点こそ、この著書の真骨頂だと思っています。
②では塩沢由典さんは5つの要因を列挙しておられます。わたくしがいちばん注目したのは、日本経済いや日本社会がキャッチアップ(さえすれば成長できていた)ステージからトップランナー(にならなくては成長を続けられない)ステージに変質したという指摘です。言い換えれば「成功の罠」の問題です【p35~p37】。
なんとなく世の中全体としてバブルの崩壊(バブルを作ってしまったこと、かつまたは弾けさせてしまったこと)とその後の対処の悪さが長期停滞のダントツの原因だと思われているところがあるなかで、この指摘は目から鱗です。
【にんにくも石炭も掘れないわけではないけれど・・・・・・】
さて、いよいよ核心部分の③と④について。。。。。。
いまでも近所のスーパーに行くと、国産のにんにくが1個100円で、その隣に中国産のが10個100円で売られていたりします。
2013年に塩沢先生が同著を上梓されたころと、中国経済が崩落しはじめている現在とでは、にんにく以外の財やサービスの価格差は多かれ少なかれ縮んできていると思います。
とは言え、保護貿易や鎖国という禁じ手以外の方法で、農業やホワイトカラー中間層など、多かれ少なかれ既得権を有する労働者の賃金を守る、または増やす、なんてことができるのでしょうか?
塩沢先生はこの本の真骨頂である「サービス経済化」を提唱する【p68~】のなかで、
「日本の農業人口が60%(1920年代)から3%(2012年)に落ちたのは、農業の生産性が落ちたからではなく、むしろ非常に大きく向上したからだ。」
「製造業でも同じことが起こりつつある。。。が、日本の生産性(の向上)/賃金の高さ<<中国(や韓国)の生産性(の向上)/賃金の低さ」
「鉱(山)業の従事者の減少は、別の論理。鉱山が枯渇したから。」
サービス業以外の雇用の減少について、農業と製造業は理由が似ている(が製造業については国際競争にさらされている)。鉱業は理由が異なる。という整理です。
賃金と労働生産性の(A)時系列での変化と(B)横断面での絶対水準の国際比較が入り混じっていてやや複雑です。
【どうして賃金を上げないのか?】
塩沢由典先生は、p105で、「この20年間、日本の経済は確かに低迷しているけれど、私は労働生産性が落ちたとはけっして思っていません。むしろ上がっている。ですから、それに相応するだけ、賃金を上げるべきだし、それを上げないのは、経営者が逃げているのだと思います。」と述べます。
これは上記(A)だけからは導き出せますが、(B)との両立は難しいと思われます。
p117では「鄧小平が出てきて、改革開放ということを言い出すまでは、大々的に海外との取引をすることは少なかった。ところが突然どんどん貿易を自由化してゆく。。。。。。世界経済に占める中国という存在が大きく変わった。中国と日本では、賃金が平均で何十倍もちがっていたし、都市部の給料だって、20倍くらいちがった。いくら粗雑で仕事の仕方が悪いと言っても、文明を持った国民なんだから、それだけ賃金が違えば当然競争力は持てる」と。
ここは上記(B)から帰結する話です。
わたくしの考えは、、、、、、新自由主義と言われようと言われまいと、(A)より(B)を優先せずに、民間企業が国際競争を勝ち抜くのは不可能であるということ。ただし、ただいま多くの日系企業が中国現地生産の出口を模索するという局面にあり、実は出口がない(「工場もノウハウも全部置いてゆけ。」と命ぜられ換金できずにいる)という、標準的な資本主義国家ではありえないような理不尽に直面している経営者が多いこと。ゆえに、統計上の賃金と生産性だけから国際分業を論じるほど現実は簡単ではない(よって日本も捨てたものではない)ということを指摘しておきたいと思います。
【スウェーデン・パラドックス】
④について。塩沢由典先生は「道州制でいろいろ試してみてもよい」【p111~】で、
「ミュルダール夫妻がかいた本が基礎となって、スウェーデンの社会民主党の政策は形作られた。それが受け入れられて、スウェーデンの戦後の体制が生まれてきた。こういうのは、やはり、スウェーデンが今でも人口900万人程度の規模だから可能だったんでしょう。」
これは、わたくしの記憶が間違っていなければ、竹中平蔵先生がNHKの「日本の、これから」で年金問題を討論したときにまったく同じことを指摘されていたと思います。
人口がある程度以上大きい中央集権国家で国民負担率の高い制度を実現すると何となく動脈硬化を起こしそうなイメージはあります。しかし、塩沢由典先生が別の箇所【p92~】で述べられているように、平均的な日本人が抱いている《高福祉国家=労働者の既得権が高い制度》という思い込みを排除することこそスウェーデン・パラドックスを解き明かす鍵だと思うのです。
つまり、
「日本の場合には、企業はいったん正規雇用をすると、基本的には定年退職まで解雇しないことになっていますね。そうすると、衰退産業は、無理しても雇用を維持しなきゃいけない。。。。。。日本の終身雇用は、ある意味で社会保障の一部でした。。。。。。スウェーデンの場合、、、、、、、例えばある企業を解雇されたら二年くらいは大学に入り直すことができる。基本的には学費と生活費を出してくれる。。。。。。」
是非、七転び八起きブログの読者のみなさまには塩沢由典先生の「今よりマシな日本社会をどう作れるか」を手にとって読んでいただきたいので、これ以上の引用は避けますが、やはりわたくしはこの雇用慣行の抜本見直しを伴うセーフティネットの充実が日本の閉塞感を打破する鍵であり、1億人を超える社会でも実現不能ではないと考えています。
しかし、繰り返しになりますが、正社員制度を廃止しようという政治家はひとりも居ません。
最後の⑤のベンチャーが育たない理由も、半分は上記④の病巣で説明できると思います。ただし、それだけで、日本にグーグルやフェイスブックやアップルのような企業がどんどん産まれ育つとか、シャープや東芝がインテルみたいに生まれ変わるなどとは思っていません。正月元旦のテレビ朝日朝まで生テレビで自民党の山本一太先生が「日本にはシリコンバレーの真似は出来ない」と発言していましたが、誰も反論していませんでした。
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