2021年7月30日金曜日

日本のトップアスリートたちは偉い!どうするワクチン?

子供の頃、ソビエト社会主義共和国連邦、略してソ連という国がありました。体操をはじめ、オリンピックの度に、金メダルを量産していた記憶があります。いま、そのビジネスモデルを採用したのが、中国です。と、今朝のニューヨークタイムズ紙は書いています。


金メダルの数で、中国が日本を抜いた。その理由は、という件(くだり)です。リベラル派メディアにして、旧ソ連型戦略の指摘を読んで朝から爽快でした。


ざっくり言えば、人口で、旧ソ連は日本の二倍、中国は(除く台湾・香港、含む新疆ウイグル「自治区」でも)13倍なのですから、追い付かれたところで、どうってことはありません。


「中国の大衆は、自国のオリンピック代表の『犠牲』をだんだんと見るに見かねてきている」とは、同新聞の主観か、客観的な取材の結果か?日本の場合は逆に、ごく一部と信じたいですが、心無い匿名の誹謗中傷の被害が、ただでさえ独特のストレスのあるトップクラスのアスリーツに対して及んでいるわけですから、もっともっと『犠牲』の意味を考えてみたいところです。


びっくりするほど多くの金メダルのなかで、柔道の大野将平選手のインタビューが心に残っています。曰く、


「賛否両論あることは理解しています。ですが、我々アスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば、本当に光栄に思います。」

「オリンピックは自分にとっては楽しむ場所ではない」

「今後もやはり自分を倒す稽古を継続してやっていきたい」


(てにをは正確でないかも知れませんのでお許しください)そこには修行僧としての孤高なひとりの人間しか見えて来ません。


国家の体制や予算で金メダルのためには手段を選ばない国がそこここにあるなかで、自分と戦って成果を収めている日本のトップアスリートは偉いです!


「専制国家と民主国家は、ガチンコ勝負したらどっちが強いか?」というのは、紀元前のトゥキディデスが描いたアテネ対スパルタの戦いを含め、決着していません。第二次世界大戦を「自由と民主の、独裁と隷属に対する勝利」と呼ぶのは嘘の歴史を学ばされた結果です。


しかし、ワクチンについては、打つか打たないかは、自分で決めたいものです。


残念ながら、「モノ書き」を稼業にしているひとは、執筆料やページビューを意識しなければならないので、「誰も打たねばならぬ」か「誰も打ってはならぬ」か、極端な言動に走りがちです。大事なことは、何が検証されていて、何が(検証されなければならないのに)されていないかを冷静に見ることです。


往々にして批判されがちな行政ですけど、厚生労働省の情報開示は、相当ちゃんとしていて、ワクチンのこれまでの治験の内容、副反応の実態について開示されていて、不都合な部分の黒塗りは事実上問題ない感じです。


むしろ、地上波のワイドショーを含む大手メディアや、フェイクニュース主がうじょうじょいるSNSのほうがよっぽど質(たち)が悪いです。


ワクチンに対する懐疑のない報道には、2度の接種率の高い、イスラエル、セイシェル、英国、アイスランド、モンゴルなどなどの現状をちゃんと加えるべきだと思いますし、ワクチン絶対反対派も、ワクチンは人類抹殺計画でその首謀者は誰某という有名なビリオネアだとか、注射の中身にはマイクロチップが埋め込まれていてGPSで云々だとか、そういう低レベルのデマや陰謀論に与(くみ)すると、このひとたちは人類の未来のことを考えているのか、新興宗教を立ち上げたいだけなのか、わけわからなくなってしまいます。


旧ソ連や中国はまだしも、フランスでマクロン大統領が「ワクチンパスポート」法案を(僅差で)通してしまったのに続いて、フィリピンではデュテルテ大統領が「警官は路上のワクチン未接種者を自宅軟禁すべし」という命令を出したとか、ワクチン差別どころか、ワクチン・ファシズムが、蔓延しはじめていることが気になります。


Google愛用家としては、ワクチン未接種者は出社に及ばずというのも残念な話です。


経済学の言葉で、公共性とか、外部性というのがあって、これをネットで調べると、マスクの事例が出てきます。同様に、ワクチンにも公共性や外部性があると考えられるので、パンデミックのときに、ワクチンやマスクは各々の自主的な判断で、というのが絶対に正しいとは言い切れないのは確かです。


しかし、これは日本の政府だけではなくて、米国や英国など、主要な先進国も然りなのですけど、過去1年半やってきた、ロックダウンや、それよりは緩いが飲食業・旅行業・プロスポーツやエンターテイメント従事者に理不尽な犠牲を強いてきた緊急事態宣言やマンボウなどの政策効果と政策費用がどうだったのかという検証がまったくなされていないのは甚だ問題です(ABテストが出来ないので簡単ではないが、それをどうにかやるのがプロ)。これをやらずに、緊急事態宣言の早期終了が失敗だったとか、現在の感染者増加はオリンピックを敢行したせいだとか言い切るメディアの世論形成もまた、専制国家のワクチン・ファシズムと五十歩百歩です。


新型コロナウィルスの現状を、時系列的かつ横断面的に見てゆくと、


感染の拡大と収束は、強制的な人流への規制と緩和のサイクルではなく、耐性のある新型株(突然変異種)の出現による影響のほうが高いと考えられないか?

耐性のある新型株(突然変異種)の出現のペースは、新型コロナウィルスが世界的に認められた2020年当初は、SARSやMERSからの推測で、インフルエンザウィルスほどではないと考えられていたが、実は同程度で、今後も未定ということではないか?

抗体の有効期限は、時間をかけて実験または治験をするしかない(頭の良い人が計算して示せるわけではない)ので、ワクチンの有効性について断定するのはそもそも間違っていないか?


これらの疑問に対して、ワクチンを推奨する立場からは、「わからないものは確かにわからない」という正直な回答を含めて、これから接種を検討するひとたちに、考える材料を与えるべきです。


たったの数週間前までは、英国やヨーロッパでは、ワクチン接種が、日本と違って、急速に進み、各国ロックダウンを解除し、テニスの全英オープンも、サッカーのUEFA EUROも、そう言えば我らが大谷翔平選手大活躍中のメジャーリーグも、満席の熱狂のもと行われ、これに比べて、日本は、東京オリンピックをやると「決まって」いたのに、何故ワクチン接種をこれほどまでに遅らせたのかと怒り嘆いたスポーツファンもいたと思います。


四面楚歌、満身創痍、這う這うの体の現自民党政権でありますが、わたしは政権ブレーンのなかにはまともなひとも居て、ワクチンの調達力があっても、青壮年への接種は慎重に時間を稼いだほうが良い。その間に他の先進諸国の結果が出てくるはずだ。オリンピックを目指して拙速にやることは可能だがやるべきでないと進言した慧眼の持ち主がいたのではないかと推測します(根拠なし)。


繰り返しますが、マスクやワクチンには公共性・外部性がある点は留保するとして、自分のことは自分で決められる国に住みたいものです(フランス、フィリピン残念過ぎます)。メッセンジャーRNAワクチンたるや、原子力や常温超電導や暗号資産並みの人類の英知ですが、副反応を見るにまだまだ昭和の頃のはしかの予防接種と変わりがなく、はしかほどの抗体の有効期限が検証されていないところが現状の問題点。これから1-2年、この議論は否が応でも深まらざるを得なくなってくる、というのが筆者の予想です。


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