買ったのは金(ゴールド)です。
英フィナンシャル・タイムズ紙の速報によると、金相場が急反落した9月を含む第三四半期に、過去40年で最大金額の金を中央銀行(セクター)が購入したと伝えています。
情報元は、どこの中央銀行が、という内訳は公表できないとしていますが、金地金市場に初めて参入する中央銀行からの旺盛な買い意欲があったと、仄めかしています。
「過去40年」とは、米国が金本位制を嘯いていたブレトンウッズ体制の崩壊以降の記録的金額ということになります。中央銀行セクター全体では、2008年~2009年は金を大量に売り越しており、昨年2010年に買いに転じていました。
さて、金を買って何を売っていたのでしょうか?外貨準備が急増した新興国の中央銀行だとしたら、欧州の国債か、金融引き締めのための自国マネーということが想像できますが、詳しいことはわかりません。
記事の最後に、宝飾品として金の最大の消費国として、中国がインドを追い越したと説明されています。
2011年11月17日木曜日
2011年11月11日金曜日
讀賣新聞、オリンパス、大王製紙
TPP協議に参加か否か、イタリアやスペインの国債は何処まで暴落するのか、プロ野球日本シリーズもいよいよ明日開幕じゃないか、ということで、一億総国民が固唾をのんで見守っている中で、くだらない内輪もめの話がとんだ邪魔ものとして闖入してきたものです。
それにしても、オリンパスや大王製紙で論点となっている「ガバナンス(企業統治)」とか「内部統制(インターナル・コントロール)」とか「コンプライアンス(法令順守)」という言葉、企業社会ではこの20年で随分使われやすくなりましたが、わかりやすく説明するのは容易ではありません。
読売巨人軍の清武代表が、讀賣新聞主筆で同球団の取締役会長でもある渡邊恒雄氏の言動が内部統制とコンプライアンスの観点から許されないとする単独会見(@文部科学省)が、多くのメディアをにぎわし、またネット上でも瞬間沸騰の話題となっています。
わたしは渡邊氏については、日本共産党出身の改憲派であり、権力闘争が得意な大連立支持者であり、TPP賛成のリバタリアンである程度の知識です。そもそもがアンチ巨人なので、特段好感を持っているわけではありません。しかしながら、清武代表が涙を流して行なった言動は、わざわざ大手メディアや一般大衆の耳目を集める価値のない、上司に梯子を外されたことによる愚痴に過ぎません。
プロ野球がどうあるべきかというのは価値観の問題です。落合監督続投支持という意見を持ちながら現場(≒部下)の意見に譲歩した中日ドラゴンズの白井会長の態度が「ガバナンス」なのか、資本の論理または人事権に基づいて有無を言わさない渡邊会長こそがむしろ「ガバナンス」なのか、、、これだけ考えても、上述のように「ガバナンス」とは何かを論じるのは簡単ではありません。
オリンパスと大王製紙は、株主から委任を受けている筈の経営者、実は同じような関係にあると考えるべき(だとわたしは思っている)少数株主と大株主との間の利益相反の問題で第一義的には処理すべきなので、これは金額の問題はさて措くとしても、立派な「ガバナンス」問題であり「コンプライアンス」問題であります。
上司部下の関係のいざこざという、サラリーマンが新橋の立ち飲み屋で憂さ晴らしする程度のことを、やれガバナンスだ、やれコンプラだと言って、霞が関から全国ネットで憂さをまき散らすというのは大新聞の企業文化を引き摺る奢りであると言えます。
ただ、そのような非常識な大人を育ててしまう組織にはやはり理由があります。読売新聞社の歴史をひも解くと、資本主義下の民間企業とは思えないようなスターリン粛清を彷彿とさせる権力闘争が連綿と続いているのです。オリンパスの巨額粉飾と同様、冷戦終結とIT革命から20年以上経って、大手メディアの伏魔殿にやっとサーチライトが照らされたということになります。
・・・いや、そういうことではなくて、野田総理による「TPP協議参加決定」というニュースの取り扱いを小さくさせて目立たなくさせてあげよう、という配慮のために、讀賣グループの首脳陣が演じた猿芝居だというのが真相だ、、、、というのであれば、民主党のガバナンスは見上げたものだと思います。
それにしても、オリンパスや大王製紙で論点となっている「ガバナンス(企業統治)」とか「内部統制(インターナル・コントロール)」とか「コンプライアンス(法令順守)」という言葉、企業社会ではこの20年で随分使われやすくなりましたが、わかりやすく説明するのは容易ではありません。
読売巨人軍の清武代表が、讀賣新聞主筆で同球団の取締役会長でもある渡邊恒雄氏の言動が内部統制とコンプライアンスの観点から許されないとする単独会見(@文部科学省)が、多くのメディアをにぎわし、またネット上でも瞬間沸騰の話題となっています。
わたしは渡邊氏については、日本共産党出身の改憲派であり、権力闘争が得意な大連立支持者であり、TPP賛成のリバタリアンである程度の知識です。そもそもがアンチ巨人なので、特段好感を持っているわけではありません。しかしながら、清武代表が涙を流して行なった言動は、わざわざ大手メディアや一般大衆の耳目を集める価値のない、上司に梯子を外されたことによる愚痴に過ぎません。
プロ野球がどうあるべきかというのは価値観の問題です。落合監督続投支持という意見を持ちながら現場(≒部下)の意見に譲歩した中日ドラゴンズの白井会長の態度が「ガバナンス」なのか、資本の論理または人事権に基づいて有無を言わさない渡邊会長こそがむしろ「ガバナンス」なのか、、、これだけ考えても、上述のように「ガバナンス」とは何かを論じるのは簡単ではありません。
オリンパスと大王製紙は、株主から委任を受けている筈の経営者、実は同じような関係にあると考えるべき(だとわたしは思っている)少数株主と大株主との間の利益相反の問題で第一義的には処理すべきなので、これは金額の問題はさて措くとしても、立派な「ガバナンス」問題であり「コンプライアンス」問題であります。
上司部下の関係のいざこざという、サラリーマンが新橋の立ち飲み屋で憂さ晴らしする程度のことを、やれガバナンスだ、やれコンプラだと言って、霞が関から全国ネットで憂さをまき散らすというのは大新聞の企業文化を引き摺る奢りであると言えます。
ただ、そのような非常識な大人を育ててしまう組織にはやはり理由があります。読売新聞社の歴史をひも解くと、資本主義下の民間企業とは思えないようなスターリン粛清を彷彿とさせる権力闘争が連綿と続いているのです。オリンパスの巨額粉飾と同様、冷戦終結とIT革命から20年以上経って、大手メディアの伏魔殿にやっとサーチライトが照らされたということになります。
・・・いや、そういうことではなくて、野田総理による「TPP協議参加決定」というニュースの取り扱いを小さくさせて目立たなくさせてあげよう、という配慮のために、讀賣グループの首脳陣が演じた猿芝居だというのが真相だ、、、、というのであれば、民主党のガバナンスは見上げたものだと思います。
2011年11月9日水曜日
オリンパス問題とTPPで、日本はますます良い国になる!
オリンパス社内で歴代経営者の申し送り事項とされてきた粉飾決算というパンドラの箱を勇敢にも開けてしまい解任された外国人社長と、その腐った木箱の蓋が崩れて座る場所を失った歴代日本人経営者たち。
どちらが賢くて、どちらが馬鹿であるかという二者択一では真実は見えてきません。どちら側も等しく合理的な行動の結果であるという前提に敢えて立って考えるべきです。
「経営者」とか「社長業」という職種が転職可能な労働市場インフラが整備されていれば職業能力に自身のある人は、オリンパスの例に照らせば、過去の不正を暴く行動に出るでしょう。
幹部候補生が社内の競争に勝ち抜いて経営幹部へと出世していったとしても、そこで証明された彼らの能力が、転職可能性を必ずしも押し上げないという事象は、何もオリンパスだけに限ったことではないでしょう。日本的経営の要素が色濃く残っている上場企業の殆どで起こりうる問題であると考えられます。
このブログでは「失われた20年」とは言うが、失われて良かったことのほうが多いと繰り返し申し上げて参りました。オリンパス如きに20年も掛ったのは失笑物ですが、大手金融機関の法人営業とは何だったのかということも含めて、獲物は決して小さくないと思います。
そこから一挙に飛躍して、TPPに反対を(すべくして)している農協や日本医師会などは、映画「ラストエンペラー」に出てくる清朝末期の宦官の有象無象であるとまで言い切るつもりはありません。が、どのような業界に属するにしても、自分自身の行動指針に自信を持ち、それにしたがってきっちり競争するという真摯なプレーヤーにとっては、開国(「Open the door!!」)を叫ぶほうが、ガラパゴス状態に甘んじるよりも、メリットが大きいのです。
どちらが賢くて、どちらが馬鹿であるかという二者択一では真実は見えてきません。どちら側も等しく合理的な行動の結果であるという前提に敢えて立って考えるべきです。
「経営者」とか「社長業」という職種が転職可能な労働市場インフラが整備されていれば職業能力に自身のある人は、オリンパスの例に照らせば、過去の不正を暴く行動に出るでしょう。
幹部候補生が社内の競争に勝ち抜いて経営幹部へと出世していったとしても、そこで証明された彼らの能力が、転職可能性を必ずしも押し上げないという事象は、何もオリンパスだけに限ったことではないでしょう。日本的経営の要素が色濃く残っている上場企業の殆どで起こりうる問題であると考えられます。
このブログでは「失われた20年」とは言うが、失われて良かったことのほうが多いと繰り返し申し上げて参りました。オリンパス如きに20年も掛ったのは失笑物ですが、大手金融機関の法人営業とは何だったのかということも含めて、獲物は決して小さくないと思います。
そこから一挙に飛躍して、TPPに反対を(すべくして)している農協や日本医師会などは、映画「ラストエンペラー」に出てくる清朝末期の宦官の有象無象であるとまで言い切るつもりはありません。が、どのような業界に属するにしても、自分自身の行動指針に自信を持ち、それにしたがってきっちり競争するという真摯なプレーヤーにとっては、開国(「Open the door!!」)を叫ぶほうが、ガラパゴス状態に甘んじるよりも、メリットが大きいのです。
2011年11月4日金曜日
パパンドレウ首相が開けたパンドラの箱
いまから2年前、2009年の流行語大賞は「政権交代」でした。1955年の結党以来となる自民党の大敗は、その当時は必然であり、民主党は、高速道路無料化や子ども手当や農家への戸別補償を持ちだすまでの必要はなかったのではないかと思っています。
ましてや、普天間問題をや、であります。今となっては懐かしい鳩山当時首相の「故人献金」は身から出た錆として、普天間問題にスポットライトを当てたのは、政治家にしては正直過ぎて馬鹿をみたとも言えます。
自民党の悪政の責任をボランティアとして引き受けてしまった問題という意味でも、原発問題と普天間問題は同列です。
原則として世襲政治家(の割合の多さ)を徹底批判してきた七転び八起きブログですが、逆にしばしば重要な例外的存在があることを御紹介して参りました。ポリティカル・ダイナスティ(政治王朝とでも訳すべきか)の末裔でしか出来なさそうな、教育、資力、正義感の三拍子が揃ってはじめて出来るリーダーシップというものもあるのでしょう。
実は、いま渦中のパパンドレウ首相も、親子三代に亘るギリシャ首相経験者の、その三代目です。
ウィキペディアの日本語サイトが不完全であり、また翻訳も酷いので、ここには英語サイトを掲載します。上から、祖父、父、御本人です。
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Papandreou_(senior)
http://en.wikipedia.org/wiki/Andreas_Papandreou
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Papandreou
余りに長い話となり、映画で言えば「ラスト・エンペラー」や「ゴッド・ファーザー」を超える上映時間を要するようなものですが、無理矢理要約すると、
★祖父は第一次世界大戦前後に親ドイツの皇帝に反逆して暗殺されかかった首相経験者、
★父もその反骨精神を受け継ぎマルクス経済学者としても優れた功績を残したやはり首相経験者、
★そして渦中の本人は全ギリシャ社会主義運動という野党党首(2004~)として2009年の総選挙で政権交代を果たし、その直後に全政権の負の遺産である財政赤字の粉飾を摘発、このことがギリシャ危機の発端となり、下野した新民主党と有権者たちの信任を失って今日に至るというわけです。
すべてのケースで等しく同情するわけではないですが、鳩山民主党の普天間、菅民主党の福島第一原発、だけでなく、オリンパスも然り、古く(もないが)を辿れば日本長期信用銀行や日本債権信用銀行にしても背任的なレベルまで不良債権を作りだしたり粉飾したりしたときの経営者ではなく、それが発覚したときの経営者が刑事罰に問われた(現在は無罪の差し戻し判決が確定済)ことをも彷彿とさせます。
パパンドレウ首相が、6割の債務カット案の条件として突きつけられている緊縮財政案を国民投票に問うという行為に対し、「いまさら何を馬鹿な」とついつい反応してしまいがちですが、申し上げた経緯と切り口からは、また違った感想が浮かび上がると思います。
それにしても、かつてはイタリアやフランスなどでも一世風靡したユーロ・コミュニズム(西欧版共産主義)が一律大きな政府を目指したのに対して、パパンドレウ首相がギリシャというボロ車の運転席に就いた途端に、小さい政府を目指して不人気を買わざるを得なくなっていたというのは、皮肉なものです。
ましてや、普天間問題をや、であります。今となっては懐かしい鳩山当時首相の「故人献金」は身から出た錆として、普天間問題にスポットライトを当てたのは、政治家にしては正直過ぎて馬鹿をみたとも言えます。
自民党の悪政の責任をボランティアとして引き受けてしまった問題という意味でも、原発問題と普天間問題は同列です。
原則として世襲政治家(の割合の多さ)を徹底批判してきた七転び八起きブログですが、逆にしばしば重要な例外的存在があることを御紹介して参りました。ポリティカル・ダイナスティ(政治王朝とでも訳すべきか)の末裔でしか出来なさそうな、教育、資力、正義感の三拍子が揃ってはじめて出来るリーダーシップというものもあるのでしょう。
実は、いま渦中のパパンドレウ首相も、親子三代に亘るギリシャ首相経験者の、その三代目です。
ウィキペディアの日本語サイトが不完全であり、また翻訳も酷いので、ここには英語サイトを掲載します。上から、祖父、父、御本人です。
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Papandreou_(senior)
http://en.wikipedia.org/wiki/Andreas_Papandreou
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Papandreou
余りに長い話となり、映画で言えば「ラスト・エンペラー」や「ゴッド・ファーザー」を超える上映時間を要するようなものですが、無理矢理要約すると、
★祖父は第一次世界大戦前後に親ドイツの皇帝に反逆して暗殺されかかった首相経験者、
★父もその反骨精神を受け継ぎマルクス経済学者としても優れた功績を残したやはり首相経験者、
★そして渦中の本人は全ギリシャ社会主義運動という野党党首(2004~)として2009年の総選挙で政権交代を果たし、その直後に全政権の負の遺産である財政赤字の粉飾を摘発、このことがギリシャ危機の発端となり、下野した新民主党と有権者たちの信任を失って今日に至るというわけです。
すべてのケースで等しく同情するわけではないですが、鳩山民主党の普天間、菅民主党の福島第一原発、だけでなく、オリンパスも然り、古く(もないが)を辿れば日本長期信用銀行や日本債権信用銀行にしても背任的なレベルまで不良債権を作りだしたり粉飾したりしたときの経営者ではなく、それが発覚したときの経営者が刑事罰に問われた(現在は無罪の差し戻し判決が確定済)ことをも彷彿とさせます。
パパンドレウ首相が、6割の債務カット案の条件として突きつけられている緊縮財政案を国民投票に問うという行為に対し、「いまさら何を馬鹿な」とついつい反応してしまいがちですが、申し上げた経緯と切り口からは、また違った感想が浮かび上がると思います。
それにしても、かつてはイタリアやフランスなどでも一世風靡したユーロ・コミュニズム(西欧版共産主義)が一律大きな政府を目指したのに対して、パパンドレウ首相がギリシャというボロ車の運転席に就いた途端に、小さい政府を目指して不人気を買わざるを得なくなっていたというのは、皮肉なものです。
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