2021年12月16日木曜日

学歴詐称の父-真珠湾「奇襲」80周年

年末または年始に戦争のことをときどき書くようにしていました。

2017年の年頭、トランプ=プーチン=習近平時代に安倍内閣は「真田丸」を築けるか?という投稿をしました。

・・・国力が下がり、再び列強の狭間で生き延びるためには、軍事と外交の知恵が必要だ・・・

そのような意味で、前年人気だったNHK大河ドラマを引き合いに出して書いたものです。

ここで取り上げたのが、太平洋戦争開戦のほんの3か月前に、近衛文麿首相や東條英機首相以下、政府・統帥部関係者の前で報告した「総力戦研究所」です。長期戦では間違いなく負けるので対米開戦は避けるべきという具申を、まずは陸軍が、次いで海軍が無視して大東亜戦争に至った、と短くまとめることが出来ます。

しかし、実は、A級戦犯として処刑された東条英機(注)をも含む陸軍も、「総力戦研究所」以前ですら、米国には勝てっこない、と考えていたという事実が、いくつかの歴史書や情報で明らかにされつつあります。

今年の12月8日は真珠湾攻撃からちょうど80年ということです。12月6日が父の命日で、ちょうど三回目でした。墓参りの際に、その墓を建てる際にお世話になった石材屋さんがわたくしの従兄弟(亡父の甥)の奥様の弟ということで、わざわざ集まってくれて、父の遺品を遠路はるばる持ってきてくれたのです。

そのなかに、「高校」時代に使っていた教科書と、卒業論文が入っていました。

実は、父は生前、「自分は義務教育しか出ていない。当時で言うと尋常高等小学校(現在ではだいたい中学校に相当)卒なんだ。」と言っておりました。わたくしの結婚式でもそのように紹介していました。

(逆?)学歴詐称を、父はしていたことになります。その高校というのが、「陸軍通信学校」という名前です。

思い起こすと不可解なことがいくつもありました。父が、妙に東京の地理に詳しかったり、定年退職後ワープロを覚えたような高齢者が地元で高齢者向けにパソコン教室をやったり、家電量販店で販売員が即答できないような質問を連発したり(販売員だけでなく隣に立つわたくしも回答できなかったのですが)。

この「陸軍通信学校」に関して、いまさらながらどんな学校だったのか調べたいと思っても、何故か、ほとんど調べようがないのです。

最近、アヴァトレード・ジャパンを応援してくださっているアフィリエイト・パートナーさんで、元自衛官(幹部候補生)の聡明な若者がいらっしゃいます。この話をしたら、「陸軍通信学校は、こんにちで言うと、開成高校みたいなもんです。」「本来なら、旧制高校(ナンバースクール)を経て帝国大学へと向かう人材だが、現在の中学校を卒業したのち、家庭の事情などでその余裕がない場合に目指す最難関の教育機関のひとつだったと聞いています。」

「陸軍通信学校」≒「開成高校」という評価にはさすがに違和感があるものの、とにかく情報が手に入らず、肯定も否定もできないのです。

所在地だった神奈川県相模原市を扱った産経新聞の記事程度で、元自衛官のパートナーさんの説明と無矛盾ではあるものの、そこまで偏差値が高い「高校」だったかどうかのか調べようがありません。

もしかすると、「陸軍通信学校」の存在自体が辛うじて自衛隊のなかで現代の神話として口頭伝承はされているが、それ以外の情報は、何らかの理由で抹消されてきているのかも知れないと憶測されます。

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さて、本題はここからです。父が使っていた教科書を見ると、時期的には日独伊三国同盟が締結され、日中戦争は泥沼状態、大東亜戦争は開戦前夜という状況ですが、良く言われている言論統制や軍国主義教育というカラーは、ほとんど見当たらないのです。

数学の教科書は、「関数」が「函数」と表記されていることを除くと、現在の指導要領と大きな違いはありません。理科も然り。そして、外来語のカタカナはそのまま使われています(野球で、ストライク、ファウル、アウトが敵性用語として使えなくなった時期に被っているにもかかわらずです)。

ここで最も驚くべきことは、この教育現場が、かつての通説では、対米開戦に最も積極的だった日本陸軍のお膝元であった、にもかかわらず、です。

圧巻は、社会>地理の教科書です。

さすがに、本文では、中国大陸に関する記載が豊富で、ヨーロッパや中東への言及はほとんどないなど、偏りはあります。

が、表紙の裏の地図には、列強がそれぞれどれだけ軍艦や戦闘機を持っているかという数値(とそれに比例した大きさの船と飛行機のピクトグラム)が書かれていたのです。これを見るだけで、陸軍通信学校の生徒たちは、米国や英国(の連合軍)と戦わされることはないのだろうなとまず前提し、そこからモールス信号や暗号作成・解読技術へと学びを進めていったことが推定されるのです。

この教科書が発行されたのは、「総力戦研究所」の日本必敗シナリオよりも遡ります。ということは、「総力戦研究所」をリクルートしたのは、すでに結論ありきであった軍執行部(あえて対米非戦論が主流であったと言います)が有能なコンサルティング会社の役割を果たすためのものであったとも推量されましょう。

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大東亜戦争開戦は帝国陸軍が非合理的な根性論に従って能動的に対米開戦を主導し次いで帝国海軍も追随した。大日本帝国憲法においては、政党政治という議会制民主主義が機能しない名ばかりの立憲君主制であったので、牽制が働かず軍部の暴走を許したことが、致命的な判断ミスの原因であり、よって予想出来ていたはずの破滅的結末へと進んだ。。。

これが、わたくしなりに、戦後教育のなかで学んだ戦前の昭和史です。実際には、中学校の歴史の授業は、このあたりの教科書の最後のほうはやれていませんでした。どうやらどこの中学校も当時はそんな感じだったようです。

わたくしは、高校時代は日本史を選択していなかったので、実は、去年、日本史のトピックスと関連させて、金・銀・銅・・・管理通貨・仮想通貨(暗号資産)を含む通貨・マネー・経済の話を投稿するに及び、いまさらながらに、高校日本史参考書の決定版と言われている山川出版社「詳説日本史研究」(2017年8月第1刷、2020年4月第3刷)を購入しました。

今年の初めから、アヴァトレード・ジャパンのコンプライアンス本部長(内部管理担当役員)として経営に参加してくれている坂根義範弁護士(東京解決工房法律事務所)は、学部こそ違えど大学の優秀な後輩で日本史に関してわたくしよりもはるかに詳しい輩です。

先日、彼と意気投合したのが、山川出版社「詳説日本史研究」の著者(どの先生が書いてどの先生が編集したかは完全には不明)の明治時代への評価があらわれている2点です。

ひとつは、「明治維新論」(P346)。「明治維新を日本版ブルジョア革命と看做す『労農派』と、逆に?絶対主義(王政復古)と看做す『講座派』という具合にマルクス主義学者の間での議論対立があったが、現在から見ると、いずれの左翼も的を射ていない」という項です。

そしてもうひとつが、「明治憲法体制の特色」(P364)なのです。曰く、「制度上、天皇が統治権の総攬者として諸々の大権を握っていたからといって、明治憲法体制を戦後マルクス主義歴史学者などが主張したように『絶対主義的本質をもつ外見的立憲制にすぎない』と看做すのは適切でない」としたうえで、「明治時代には、天皇の最高の相談相手として、『元老』が実質的に集団で天皇の代行的役割を果たしていた」のだが、「大正期以降、元老の勢力が後退するようになると、実際の政治運営においては内閣・議会・軍部などの諸勢力による権力の割拠性の弊害が進み、やがて1930年代には、天皇の名のもとに軍部などの発言力が増大し、いわゆる『天皇制の無責任の体系』が現れ」たとしています。

下線は筆者

坂根本部長とは、昭和史戦前の部は何度でも振り返る必要があるところだという話をしております。この項を書くにあたり、いわゆる幕末「開国」から何度も振り返っているところです。

「総力戦研究所」に言及した2017年からさらに時代は移り、米国はトランプからバイデンへと大統領が変わり、米中の軋みは新しいステージに入っています。日本の政策担当者が、ペリーやプチャーチンと向き合って以降、外交と軍事の両面ではどのように遊泳し、いっぽう内政面ではどのように国民を宥めてきて、こんにちに至るのか?どこはうまく行きすぎて、どこはうまく行かなさ過ぎたのか?確かに何度も振り返ってみたいところです。



(注)ちょうどこの墓参りの週末にNHKスペシャルの再放送が目に留まりました。

新・ドキュメント太平洋戦争 「1941 第1回 開戦(前編)」というタイトルで、まとめ記事の一部がこちらです。

『英米に対して三国同盟が衝撃を与えるのは必然である。いたずらに排英米運動を行うことを禁止する』

東條ら軍の指導者たちは、この時点ではアメリカとの決定的な対立を避けようとしていた。すでに陸軍は100万を超す大兵力を日中戦争に投じていた。その上、アメリカと対立する余裕はなかったのだ。


2021年11月5日金曜日

日本共産党がいる限り自由民主党は安泰?

枝野さんは辞めたが志位さんは辞めない・・・

まずお断りしておくと、わたくしは、小選挙区は立憲民主党候補に、比例区は日本共産党に入れました。

案の定、わたくしの清き一票は死票となりました。

開票速報では、事前調査と出口調査の精度が疑われました。それはともかく、大手メディアは立憲民主党の戦略ミスを指摘、枝野代表は辞任となりました。

しかし、冷静に考えてみると、小選挙区制度を前提とすれば、立憲民主党は、日本共産党とは選挙協力をするかしないかの両極端の選択肢しかない(※)のだと考えると、立憲民主党としては、日本共産党と選挙協力をしてもしなくても負ける宿命となります。

題意の、

「日本共産党が国政政党として這いつくばる限り、自由民主党の与党の地位は安全確実」

というのは、そういう意味です。

そこで、日本共産党に対するアレルギーの本質をいまさらながらに考えてみようと思います。

自由民主党政権にどんな不満があっても、「日本が、中国やロシアや北朝鮮のような国体になりそうなリスクに晒される」よりはよほどましだ、という古典的な風説については、本稿では扱いません。

前回のブログで指摘した「野党がコロナ対策を論点にして具体的に与党を攻めきれない」こと、それに加えて、財務省の矢野事務次官による指摘のとおり、「ばらまき競争」という点でも、経済政策が与野党の対立軸となっていないことを踏まえると、「それでも投票に行こう」という有権者の最後の決め手は、絶対的に安全保障だったのではないでしょうか。

独断と偏見を許してもらえば、日本共産党が安全保障について、正直な具体案を提示していないことが、「がんばればがんばるほど自由民主党の思うつぼ」構造のなかに飲み込まれてしまう理由です。

なまなかなポピュリズムゆえに伝わらない日本共産党の安全保障政策のホンネ

このブログでもしばしば取り上げてきた安全保障上の日本の地理的なポジション、、、

つまり、

故中曾根康弘首相が米国のための不沈空母であると呼んだそれ、、、

は、北朝鮮の核弾頭(巡行)ミサイルの性能向上、中国やロシアの復活、米国の凋落(その象徴がバイデン政権によるアフガニスタン撤退の手際の悪さ)により瓦解しつつあります。

そのなかで、日米軍事同盟と日本共産党が呼ぶ安保条約破棄は、確かに選択肢のひとつなのですが、それにかわって、①中国と組むのか?②ロシアと組むのか?③自衛隊を強化かつまたは改変しも保有し大国たちから自立するのか(武装中立)?④護憲を堅持し、非武装中立でマハトマ・ガンディーの非服従・非暴力主義でいくのか?はっきりして(させて)いないことこそ問題の本質だと考えています。

一貫性という点において他党の追随を許さない日本共産党の長い歴史のなかで、②ロシア論を前提とする指導部であった時代は少なくとも過去にはあったと思われます。この点では、日本に限らず世界中の共産党が「インターナショナル」の幹事であるソビエトロシアの共産党から、ヒト(スパイを含む)・モノ・カネが送られていたものと考えられます。日本だけでなく多くの資本主義国で日本の治安維持法と同様の反共防共政策がとられていたことと符合します。いっぽう、①中国論は比較的非主流であり、こちらはどちらかと言うと、(左派)社会党の系譜です。中ソ対立こそが、高度成長期の日本で社共共闘という革新連合が成立しなかった大きな要因ではなかったかと推察します。

ただし、これらは消し去れないかも知れないけれども過去の経緯であって、現在は、指導部も①中国論にも②ロシア論にも支配されていないのではないかとも推察します。この点では、代々木の立派な本部ビルや、歴代幹部の豪邸がしんぶん赤旗の売上だけで果たして建造できたかどうか疑わしいという反論があることも承知しています。

以上は推察に過ぎないですが、兎に角肝心なことは、③か④かをはっきり示せていないことです。

現実的には③「核武装して自衛隊を強化し諸大国から政治的軍事的独立を果たす」を臆せず正直に堂々と語ることこそ日本共産党の生きる道だと、わたくしは思います。それを胡麻化すことがポピュリズムだと指導部が思っているなら大きな間違いでしょう。

ところで、③「核武装軍事強化」を指導部がカミングアウトしてこなかった副反応として、④の理想主義を本気で考えている(考えようによっては気の毒な?)党員や支持者も、実は少なからずいらっしゃるのではないかとも推察します。

あえて言えば、これが絶対に荒唐無稽だと唾棄するべきだとは思いません。孤島や山深い里で、天然資源もなく、誰も耕したくないような崖に、這いつくばって生活することで、お互いの暴力を避けたコミュニティーを作ることは絶対にありえないとは思えません。

ただ、日本の国政レベルで、それを多数派の意見としてまとめていくのは、現代ではほぼ不可能です。

日本共産党には目指すべきロールモデルがある!

さて、公明党という政党があります。創価学会という宗教団体を基盤していることが特徴ですが、創価学会以外にも日本には国会議員を出せそうな力がある宗教団体はいくつかはありそうです。なぜそれをしないのでしょうか。

宗教団体にとって、政治に関与し、政治力を持たないまでも少なくとも政治に守ってもらうという欲求はあると思います。ただ、政党を作り、政治家を輩出し、選挙で国政に送り込むというのが政治力を持つ唯一の手段だとは考えていないからだと思います。

日本共産党が、下から上まで、本気で、④の理想論を考えているのなら、十分な政治的潜在力を持った宗教団体の素質があります。譬えて言えば、蓮如から顕如にかけての時期を除く浄土真宗本願寺派がそれです。いまのところ本願寺派は創価学会の真似は(敢えて?)していません。では、本願寺派の指導層は、創価学会や公明党の与党としての活躍を、指を銜えて見てきたのでしょうか?そんなこともないと思います。

プラグマティックに③「核武装+自衛隊強化」で行くのか?親鸞聖人やマハトマ・ガンディーを目指し④「非武装中立」で突き進むのか、そしてあわよくば(太平天国を建てた)洪秀全のアプローチを踏むのか、はっきりさせる時期でしょう。

日本の政治や選挙をじつにつまらないものにさせている戦犯の少なくともひとりがポピュリズムの仮面を被った日本共産党であるという自覚を持ってもらいたい。これが死票を投じたわたくしからのエールです。

※日本共産党以外の野党との関係においては必ずしも選択肢は両極端ではありません・・・なぜでしょうか?

2021年10月22日金曜日

「事後検証なしの雲散霧消」は許されないコロナ行動規制

 ワクチン2回接種率68%の二国の比較




日本と英国のグラフを並べており、横軸(期間)はぴったり合わせていますが、縦軸(人数)は合わせていません。英国の人口は日本の約半分です。にもかかわらず、縦軸の目盛りを見てもらうと、英国のコロナ禍の相対的悲惨さが良くわかります。感染者数の規模でもそうですが、死者数のほうがさらに酷いです。


これがまず押さえておかねばならない事実で、まずは①人種の違いという要因が考えられ、さらに②医療態勢の違い、③人口動態の違い、④貧富の格差なども追加要因として考えられるでしょう。①~④のどの要因も、好奇心を擽るテーマですが、きょうのところは、雑ながらデータから読み取れそうなことに集中するため、省略させてください。


まずはワクチンです。ワクチンをすでに2回接種した人が総人口に占める割合は、本日2021年10月22日本稿執筆時点においてぴったり68%と、日英で等しいのです。が、正確にはこれらのグラフに投影できませんが、接種が進んだ時期は、英国のほうが日本よりかなり早かったことが知られています。


なので、これらのグラフの対比は、イギリスのコロナ感染の再拡大が、ワクチンの「賞味期限」切れを意味する可能性があるということです。一方で、ここ3か月、イギリスは、感染者数こそ急増しているものの死者数はそれほどでもない(ただし、日本の第五波レベルではある)というのも、「ワクチンには、少なくとも、(重症化率や)致死率を抑える効果はある」という「定説」と矛盾しないように見えます。

デルタ株発祥の国インドでは何が起こっていたのか?

日本ではデルタ株直撃の第五波が過去の波に比べて極端に大きかったのですが、まだワクチン接種が十分行き届いていなかった時期も含めると致死率は過去の「小ピーク」に比べると低く抑えられていることもわかります。これには、医療機関の尋常でない努力と治療技術の急速な進化も貢献していますが、ウイルスが進化(<突然変異)により感染力を高めつつ弱毒化したことも要因と考えられます。


この要因にフォーカスすると、英国の現在の感染拡大が致死率を伴っていないことが説明でき、ワクチンの効能とその限界も浮き彫りにされます。つまり、これまでのワクチン(少なくともモデルナ型とそれを倍に薄めただけのファイザー)は、ウイルスの進化には対応できない可能性かつまたは賞味期限が期待されていたより短い(6ヵ月程度)可能性があり、致死率抑制効果はあるかも知れないがウイルスの進化の影響に紛れているという仮説です。


では、ワクチン接種が日英レベルまで追い付いていない国のひとつで、デルタ株の発祥の地であるインドのグラフも見てみましょう。

インドについては、人口も多いが、縦軸の目盛りもすさまじいうえ、とくにデルタ株ピーク付近などで、日英などと異なり、感染者数も死者数もちゃんと捕捉されていないのではないかという疑惑があります。それでも、ワクチン二回接種が20%に留まっている段階での急速な収束(終息)は紛れもない事実で、日本の9月以降の収束(終息)の理由(まだ日本の「専門家」が説明できていない)を解明する鍵がここにありそうです。

 

さきほど、日英比較だけから建てた仮説(ワクチンの効能とその限界)は、インドの過程を見ると、説得力を持ちそうです。留保条件としては、インドにおけるデルタ株のピークが公表されているデータを遥かに上回る酷い水準で(上述の捕捉率の問題)、実は集団免疫が出来てしまっている可能性あり、だとすると、私の仮説は棄却される方向に働きます。

 

今回のグラフも、世界的なデータが比較的整理されているニューヨークタイムズからとりました。同紙は、ワクチンをどちらかというと賛成しているメディアであることを申し添えます。また、副反応や、接種直後の死亡者の検分に関する問題、若い世代の接種の費用対効果の問題については触れる時間がありません。これも省略します。

 

さて、ここからが本題です。ワクチンはともかく、行動制限(飲食店の営業時間や「禁酒令」など)には意味があったのかどうかです。

何故「専門家」は事後検証をしてくれないのか?

さきほどと同じ英国に関して、別のグラフがあります。


ここから直ちに「規制解除が感染拡大の元凶だ」という決めつけは間違いであると言いたいわけではありません。これまでワクチンについて「群盲象を撫でる」レベルの分析からがんばって仮説を立てましたが、このようなデータは国家機関に採用された専門家であれば十分に入手できるはずで、それらを重ね合わせれば、わたしのような素人が建てた仮説は検証または反証が出来るはずです。ただし、問題は、頭の良い偉いひとは、自分たちが決めたことや出した答えが実は間違っていたと言いたがらない性格の人物が多いことです。そこはオンゴーイングの未曽有の病原体なのだから、国民も(国を率いる「賢者」たちの過ちを)赦してあげれば良いと思います(飲食店なの対面エッセンシャルワーカーにはいまからでも良いから「残債」を補償すべき)。それがやはりできない構造だというのなら、野党は別の専門家チームを作り、深層を究明して、いまこそ意義あるまつりごとをしてほしいものです。

暫定的な「まとめ」

限られたデータから、能率よく、大胆ながらも、細心に検討したつもりで、それゆえに、いつも以上に見通しの悪い論稿になってしまっていると自覚、反省します。

細心さを犠牲にして、仮説へと急ぐならば、

① ワクチンの有効期限は半年程度
② 行動制限の多くは無意味

注釈をつけると、①については、本来ミクロレベルで実験や治験によって明らかにされるべきものですが、検証に時間が掛かるという言い訳と、ワクチンの効果が限定的であるという反証を避けたいという動機が働いて、なかなか情報が手に入らないという問題意識がありました。それで、やむを得ず、入手可能なマクロデータ(ワクチン接種時期の「塊」が、日英で大きくことなる点に注目)からの推測でまず仮説を建てたということです。

「感染そのものを防ぐ効果は限定的でも、重症化率や致死率を抑制する効果は続く」という「定説」については、成り立つような成り立たないような微妙な灰色です。インドのデータを重ね合わせてもまだ白黒はっきりとはしません。

この項で、ワクチンという言葉を、(自然感染によるものを含めた)抗体と言い換えてもほぼ成り立つかも知れません。

抗体≠免疫となる要因としては、抗体量の減少だけでなく、病原体側の変異もあります。抗体量の減少と免疫の弱さが比例するわけでは必ずしもない点もいまではよく知られています。

よりちゃんと検証したいのは②についてですが、まだまだデータが足りません。しかし、言いたいことは、日本のデータだけを眺めていては、「行動制限の緩和と強化が、感染者数の増減に相関している」という印象論に引きずられてしまい、行動制限論者の思うつぼになるが、海外データを重ね合わせれば、見えてくるものが随分異なってくるということです。

行動制限がほぼなかったスウェーデンの同様のデータが欲しいところですが、残念ながらありません。代わりに、やはりニューヨークタイムズ出典で、昨年2020年、例年よりもどれだけ人が死んだかというグラフを、行動制限(この場合はロックダウン)へと政策転換した英国と対比して、示します。

せめて、このデータの今年2021年版が手に入れば、視界が良好になるのにと、隔靴掻痒するところです。

そして、いま一番開示が求められているデータは、日本でのデルタ株終息後、英国での行動制限解除後の、感染者数・死亡者数の年齢構成とワクチン接種履歴構成(のそれぞれの推移)です。

日本、イギリス、インド、、、ワクチン、行動制限、と、超駆け足で見てきました。行動制限と一言で言っても、完全なロックダウンから、飲食店などの業態別休業要請、謎のアクリル板や人数制限、昼呑みOKだが夜呑みNG、片や、マスク、リモートワーク、不要不急の外出云々、越境制限などさまざまなレイヤーがあります。これらすべて十把一絡げにして、是か非かというのはナンセンスです。以上も以下も個人の見解に過ぎませんが、私は、コロナ禍の下、風邪を含めまったく病気をしなかったのは独りマスクのおかげだという実感があります。仕事は例年どおり厳しく、厭なストレスは例年以上にあったことからすると、2年弱でいちども風邪をひかないということはかつてなかったので、行動制限がなくても、マスクだけは外さないようにしたいと思っています。


2021年10月15日金曜日

NTTドコモの通信トラブルから何を学ぶべきか

 「ネットが繋がらない?」「ネットが落ちた?」でも、その前に

 

「ネットが落ちた!」のネットはインターネットの略ですが、これはデータ通信の話です。「もしもし電話※」を含めると通信ネットワークという話になります。そして、ネットワークという言葉は、通信に限った話とはならず、電気・ガス・水道・・・鉄道などのインフラ、はたまたMLM(マルチレベルマーケティング)もネットワークと呼ばれたりします。

 

マルチ(商法)とも呼ばれるMLMは、措くとして。

 

スマホで、LINEFacebookが突然使えなくなったときに、いささか条件反射的に「ネットが落ちた」と反応してしまいます。が、実は、

 

    インターネット回線が落ちたのか?

(ア) ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)のシステムトラブル

(イ) 光回線キャリア側のトラブル(ISPが委託契約しているインフラで、海底ケーブルなども含まれる)

    (携帯)電話網が落ちたのか?

(ア) キャリアごとに独立(例外あり※※)

(イ) インターネット回線が使えない環境(Wi-Fiが届かない、Wi-Fiの契約がない場合のバックアップとしての35G回線など)

    アプリが落ちたのか?

(ア) 2021103~4日に発生したFacebookの世界的なシステム障害

    スマホそのもの(携帯電話というハードウエア)が壊れたのか?

 

これらのどれに該当するかが、すぐに判別できないケースもあります(特に上記④の可能性を含めると、直ちに原因を特定することが不可能と断言できます)。

 

極端な例とあげると、タクシーアプリで、タクシー料金の支払いをしようとしてエラーが繰り返されたとしますと、アプリの故障なのか?スマホ側の故障なのか?タクシーのリーダー側の故障なのか?同リーダーが接続するはずのネットワーク回線の故障なのか?タクシーによってはWi-Fiを会社まるごと契約している場合もあるかも知れませんが、携帯キャリアの回線に依存しているかも知れません。それがNTTドコモであった場合、またはWi-Fiのルータの先が(残念ながら)ドコモ光だった場合、どうあがいても通信は復活しないわけです。

 

しかし、NTTドコモから、障害報告の公表がない限り、ひたすらほかの原因を探って悩んでしまうことになります。質の悪いことに、スマホがつながらないので、NTTドコモからの障害報告が正直にタイムリーになされたとしても、それが届かないわけで、踏んだり蹴ったりです。

 

携帯ネットワークにも「振替輸送」を

 

かく言う私はNTTドコモのユーザーです。昔、お世話になったお客様でもあります。厳密に言うと、SIMカードはNTTドコモですが、スマホ本体はIIJという格安スマホ会社で取り扱われているAsus製のものです。ですから、昨夜は移動中著しく仕事に障害が出ました。

 

ヒューマンエラーはどこでも起こりえます。ドコモでも起こりましたが、弊社でも起きています。メガバンクでも、Facebookでも起きています。再発防止と同様に重要なのがバックアップの態勢です。

 

冒頭で、ネットワークは、通信だけでなく、電気・ガス・水道・・・鉄道もそうであると申しました。

 

電気すなわち電力の自由化で検討されてきた制度設計や、鉄道で現に実行されていることが参考になると思うのです。

 

まず、鉄道がわかりやすいです。鉄道キャリア側のヒューマンエラーは稀で、多くの場合、人身事故や自然災害などで、鉄道のある路線が不通になることはよくあります。この場合は、振替輸送が行われますが、あらかじめルールが決まっていて、トラブルの毎に、ライバル会社間で協議(する時間)を要するようなことはされていません。ルールには、〇〇電鉄の●●線が止まったら、△△鉄道の▲▲線で代替輸送する、という合意書が、線(毎)というよりは面(的)に決まっていて、さらにその場合の弁済スキームも決まっていると思われます(鉄道会社間の弁済ルールについては、ネット(この場合はインターネットの意味)で調べようとしたのですが、よくわかりませんでした。)

 

日本の携帯のネットワークでは、鉄道のネットワークにおける振替輸送に相当するバックアップ機能がまったく欠如していると言わざるを得ません。

 

冒頭のほうで、「ネットが繋がらない?」「ネットが落ちた?」でも、その前に、の場合分けで、②(携帯)電話網が落ちたのか? ()キャリアごとに独立(例外あり※)

 

と書きました。この※例外というのは、ローミングが国内でも行われている稀な例ということなのですが、ワイモバイルが使えない地域ではソフトバンクモバイルの低い帯域を貸し出しているとか、楽天モバイル(格安でないほう)が使えない地域ではAU by KDDIが貸し出されることになっているなど、親子間やアライアンスによる固定化されたバックアップ態勢であって、緊急時の振替輸送にはならないのです。

 

考えてみると、携帯キャリアと資本関係のないスマホ製造業者の側は、ローミングにも、携帯版振替輸送にもいつでも対応できる仕組みが備わっています。SIMフリー携帯の存在やダブルSIM携帯の存在は、携帯電話業界が適正に競争し適正に協働すれば、いつでもインフラの価値を高める準備が出来ているということです。

 

もちろん、NTTドコモの障害時に、そのユーザーがAU by KDDIとソフトバンクモバイルの2社に振り分けられてしまったらオーバーフローしてしまうかも知れません。これは直ちに分析できない課題ですが、そのあたりのことも気にしつつ、以下進めていきたいところです。

 

ちなみに、インターネット回線のことだけを言えば、(Wi-Fi)ルータから先の領域、すなわちISPと光ケーブルキャリアとの関係は、固定化された一対一関係では必ずしもなく、通信障害だけでなく負荷分散も勘案して、多対多関係が融通無碍に構築されて久しいことを申し添えます。インターネットの世界に限れば、大都市圏の鉄道網のモデルに近いものが自然発生的に出来てきていたわけです。

 

道半ばの電力自由化の制度設計のアイデア

 

ところで、私がNTTドコモのユーザー(を辞めない)でいる理由がもうひとつあります。これは山で繋がりやすいという特性です。つまり、基地局の偏在が理由になっています。北アルプスや南アルプスの山小屋のホームページを見ると、多くは、「NTTドコモはつながりやすいですが、それ以外は云々・・・」と表現されていることが多いのです。

 

一般的に、企業同士の競争が厳しいほうが、その業界が提供する財サービスの価格は下がると考えられます。が、菅義偉前首相が吠えていてくれていたとおり、日本の携帯料金は割高です。

 

ここらあたりは詳しくないので、読者の皆さまからの、駄目出しツッコミを大歓迎したいところです。携帯キャリアは、B2Cの末端においては、SIMロックや、番号ポータビリティの使い勝手の悪さなど、寡占利益が確保され気味だが、基地局の建設競争は熾烈で無秩序である。前者の寡占利益が、後者がもたらす高コストの財源になってはいまいか、と。

 

似たことが電力業界についても言えます。

 

電力の自由化が進んできていることは、近年、肌感覚としてはあります。東日本大震災をきっかけとした太陽光発電などの固定価格買取制度、電力の小売市場への新規参入などです。後者は、電力とガスの相互乗り入れだけでなく、異業種からの参入もあり、価格破壊とまではとても言えませんが、末端価格に若干の柔軟性が出てきています。小売段階では2000年に始まり、2016年に完全自由化となったいっぽう、参入障壁を低くするという観点で、世界中で検討されてきた発電と送電の分離については、日本ではようやく2020年に法制化がなされつつ、現状では実施例はないというのが実態です。

 

この発送電分離反対の論陣は、もちろん既存電力9社も含みますが、どうやら一部のMMT信奉者も、「そんなことをしたって電力料金は下がらない。ドイツは血税を投入して無理矢理発送電分離を実現維持している」という論法のようです。

 

発電事業に規模の経済があった時代においては、電力の地域独占が、細長い日本列島を縦割りになされていたので(例外あり)、発送電分離のメリットが少ないという論法も当たっていたような気もします(例:中国電力の発電部門が、九州電力の送電部門や四国電力の送電部門に送電費用の相見積もりを取るというのは現実的ではない、など)。

 

コジェネやオンサイトの発電事業が採算にあう状態になってきて、さらに再生化エネルギーも固定価格買取制度という補助輪なしで採算にあってくるのであれば、上記の、発送電分離への抵抗は、意味を失ってくるでしょう。

 

国「内」ローミングって出来ないの

 

実に話が迂遠になっていますが、要するに、携帯電話にとって、基地局建設は、電力産業における送電部門のように、切り離されたうえでの競争のほうが、効果的である可能性が強い(より精緻な分析は必要だが)ということであります。

 

(中)山間部の基地局建設は、協力したり、分業したりして、お互い競争しているどの系列の携帯会社にも公正な競争価格で接続を許す。平地や都会の基地局建設は、ビルやその陰などのデザインを考えて、そのようなネットワークを作ると、携帯会社からたくさんの受注ができるかで競う、などです。

 

発送電分離反対の守旧派の論陣からは、そんなことをしても携帯料金は下がらないよと批判されるかも知れません。そこは直ちに結論は導けないかも知れませんが、本日の論点は、「ネットが落ちないための保険制度」なのです。

 

川上から川下まで一企業集団がすべて押さえているというのは、明治の殖産興業の時代には当たり前だったかも知れません(例:製紙会社が山林も保有する)。飲食業で言えば、民宿の御主人が猟師や漁師で、内儀(おかみ)さんがワイナリー経営者(兼ソムリエで1年の半分をフランスやイタリアでワインの輸入までしている)というのは格好良くて理想的です。現実的には、どんなに個性的で素晴らしいシェフでもソムリエでも、食材や酒の調達は、問屋さんや酒屋さん(さらにその先にインポータさんが存在)に任せて、垂直分業による効率化を図っているのが現実です。

 

先の、ISPと光ケーブル会社の関係のように、垂直分業が自然発生的に定着していくのが、ほとんどの産業にとって自然な姿だと言えます。

 

しかし、言うは易し。これは、銀行業界と大蔵省銀行局との関係然り、通信業界と郵政省との関係然りで、業界を守ってきたような?苛めてきたような?微妙なしがらみが複雑化して凝り固まった堆積物を綺麗に再構築するのは簡単ではないでしょう。

 

※最近影が薄い固定電話網(銅線で出来た電話線と交換局からなるネットワーク)に、携帯電話の3G4G5Gと表示されるもしもし電話とショートメールサービスです。