2023年12月18日月曜日

中央銀行は廃止できる!

日銀ウォッチングもちゃんと出来ていないのに、地球の真裏の中央銀行(廃止?)の話を取り上げる余裕などあるのかというツッコミを受けそうです。
が、先週金曜日に収録し、昨日日曜日夕方(通常より編集に時間がかかったもようです)配信された動画がこちらです。

 是非御笑覧ください。意外と支離滅裂ではないのですが、もともと用意していた手元メモとからかなり脱線した話をしてしまい、また、逆に⑶⑷の部分はほとんどカバーできなかったのが実情です。

以下が手元メモでして、動画をご覧いただいた読者の皆さんの参考にしていただけるとありがたいです。


   実際に中央銀行を持たなかったり、通貨が「ドル」であったりする国はどの程度存在するのか。

   (実例をご存じであれば教えてください)

     自国通貨の発行(通貨発行権)を放棄して外国通貨であるドルを法定通貨とした国の例は、アルゼンチンと同じく中南米だけで、パナマ、エルサルバドル、エクアドルの3例がある。

     特に、パナマは、ドル化の歴史が古いだけでなく、中央銀行を有してない。

     エルサルバドルとエクアドルには中央銀行が残っているが、いずれも政府負債(国債)の買いオペ(引受け)が出来ないなど、制約条件は大きい。この点は、通貨統合してユーロを採用したEU諸国の多く(例:フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)の中央銀行と似ている。

     なお、パナパと異なり、エルサルバドルとエクアドルは、米国と同盟関係にあるわけではない点にも注目したい。同様の事例として、ジンバブエ、カンボジア、北朝鮮で法律上または事実上(このふたつの違いは大きいのだが)ドルが流通している点も参考にしたい。

     特に、ジンバブエの事例研究は、ハイパーインフレと経済破綻ということでアルゼンチンと同様なので、ムガベ政権が倒されたあとの、ドル化の経緯について少し話をさせてほしい(時間が許せば)。

 

   “アルゼンチンのトランプ”と呼ばれる、ハビエル・ミレイ氏が新たにアルゼンチンの大統領となった。ミレイ大統領は「中央銀行の廃止」と「通貨のドル化」を唱えていることで注目を浴びている。日本では考えられないような政策だと思うが、その背景は?

   ミレイ氏(すでに今月10日に大統領に就任)が先の決選投票で次期大統領に決まってからの報道としては、メインチャンネルであるDaily WiLLでの朝香先生と白川先生の解説が的を射ている。朝香先生と山根編集長が私と同様リバタリアンであることをカミングアウトしてくれてうれしい。

   ただし、朝香先生の、「アルゼンチンの経済破綻は戦後一貫したペロニスタ政権が原因」というのはほぼ正しいと思うが、きょうはもうちょっと細かく見ていきたい。確かに、アルゼンチンの戦後の政権は選挙で選ばれたものはほとんどがペロニスタ党(ただし同党右派左派の内ゲバは苛烈)だったが例外があり、また他の中南米諸国同様、軍事クーデターが繰り返されそのたびにペロン元大統領やペロニスタは迫害されてきた。そのなかで、1976年から1981年までのヴィデラ大統領政権下(軍事クーデターなどで亡命先のスペインから戻ったペロン大統領とその後妻大統領を事実上放逐)と、1989年から1999年までのメネム政権では、リバタリアンと言ってもよい政策が取られていた。メネム大統領は、リバタリアンとは真逆のはずのペロニスタ党の代表であったにもかかわらず、である。

   したがって、ミレイ大統領としては、以下の教訓を得ていると推察する。つまり

1.     ペロニスタ政策は論外だが、

2.     リバタリアン政策もペロニスタ(ポポリズモ)に隙を与えてはいけない

3.     メネム大統領の❶アルゼンチンペソの対米ドル固定、❷規制緩和、❸民営化は正しい政策だったが、❶については中央銀行を温存したままでのカレンンシーボード制度(香港ドルと同様のドルペッグ)であった。アジア通貨危機とロシア危機に関して、ポポリズムから変動相場への復活という圧力をかけられてしまったことが敗因。中央銀行の廃止は、このような「誘惑」から退路を断つための不退転の政策を意味する。

 

   通貨をドル化してしまい、自国通貨を持たないとなると、金融政策の自由度が著しく低下すると思うが、そのような政策採用する国々にはそれを上回るメリットがあるのか?

   通貨発行権を放棄するメリットが維持するメリットを上回るかどうかは難しい。

   貨幣論の分野で、ケインジアンとマネタリスト(≒リバタリアン(注:ピノチェト政権下の経済運営を顧問したとされるシカゴ学派のミルトン・フリードマンはミレイ大統領のように中央銀行廃止までは求めていなかったことに留意)の対立が決着しないのもこのあたりの事情

   少なくともひとつ入れることは、緊縮的な金融政策は緊縮的な財政政策同様、人気がない(選挙に勝てない)ということ。古くは、日本でも、世界恐慌(1929年)から満州事変(1931年)のころの二大政党間で金解禁(金本位制の(再)導入)の是非で揺れた。当事者である浜口雄幸と犬養毅(+高橋是清)は皆テロの餌食となった。

   カンボジアやジンバブエのように、それぞれの歴史的事情でドル化以外に選択肢がなくなってしまった場合もあるが、ユーロを採用した国々のように、そこまでは追い込まれていなかった国々での民主的手続きによる条約批准というのはただ事ではなかったと考える。

 

   今後同様の政策を導入検討する国は増えるのだろうか。また、世界中で「デジタル通貨」の導入が議論されているが、ひょっとしてデジタル通貨の導入は、他国発行の強力な通貨の自国通貨化を促進するきっかけとなるのか。

   理論的にはYES

   中央銀行デジタル通貨(CBDC)である必要は必ずしもないと思う(中央銀行がこれにこだわる理由はある)。クレジットカード、デビットカード、その他日本でいう資金移動業が発達するようであれば、他国通貨の採用のハードルは著しく下がる。

   この点については、アルゼンチンのミレイ大統領が非公式にその経済理論を大いに参考にしたとされるニコラス・カチャノスキー教授が、「アルゼンチンのドル化は実現可能なのだが、難易度が低い順に、❶銀行預金、❷民間に流通しているアルゼンチンペソ(紙幣や硬貨)、❸中央銀行の資産(アルゼンチン国債)であるから、時間を掛けてステップを踏んでいく必要はある」と説明している。民間部門の決済(例:給与支払いや買い物)がすべて電子決済で出来るのであれば米国からドル紙幣を「輸入」する必要はなくなる。

   なんといっても③の❸が難題だが、⑵の②で触れた軍事政権下(アルゼンチンとチリに共通するヘンリー・キッシンジャーが暗躍したコンドル作戦下)の経済政策が参考になると考えている。背景として、ブラジルなど周辺国での左派政権誕生があるので、米国の大統領選挙の行方次第のところもあるが、再びIMFなどを巻き込んで、中銀負債の入れ替えを行い、それが完了したところで、フラクショナル・リザーブ・バンキングをやめさせ、中央銀行廃止というのは大いに現実的であり、リバタリアンとしてやってもらいたいことである。

 

2023年11月21日火曜日

アルゼンチンよ泣かないで~中央銀行のない世界

日本銀行どころか造幣局も印刷局もない世界というのは、なかなか想像できません。キャッシュレス決済がもっと浸透して、中国のデジタル人民元みたいなものがマイナンバー(カード)に紐づけられて、確定申告も要らない世界。便利な一面もありますが、私が親しくしている飲食店の経営者は一致団結して嫌がるでしょう。

昨日ご紹介の、アルゼンチン次期大統領でリバタリアン経済学者のミレイ氏は、このように中央銀行のない世界を最重要の公約のひとつとして掲げて決選投票を勝ち抜きました。

この場合に採用される通貨は、アルゼンチンペソに代わって、米ドルであることが事実上内定しているので、印刷局(注1)もリストラされることになります。

(注1)印刷局が、事実上のドル化の国で残っていることは通常ありえません。著者が知る限り北朝鮮だけが例外です。ただしこの場合の米ドルは偽札です。

補助硬貨の扱いがどうなりそうかは現時点で私は知りませんので、もしかすると、アルゼンチン版造幣局は完全にはリストラされないかも知れません。


中南米には、自国通貨を棄てて、したがって裁量的な金融政策やシニョリッジ(通貨発行権)を諦めて、米ドルを法定通貨とした国が三つあります。パナマ(1904年)、エルサルバドル(2001年)、エクアドル(2000年)です。

結論を先に言うと、今後ミレイ次期大統領が率いるアルゼンチンのお手本というのは、これら3ヶ国のなかにはなさそうです。ただし、金融政策の自由度を捨ててまで物価の安定を目指さざるを得なくなるまで追い詰められた歴史的背景として、一番近い事例はエクアドルかも知れません。逆に言うと、パナマとエルサルバドルは、エクアドルやアルゼンチンのような通貨危機、債務危機(ソブリンリスクの露呈やデフォルト)という背景では必ずしもなかったようです。

極端にドル化の歴史が古いパナマは、完成予定のパナマ運河の利権狙いで米国がパナマのコロンビアからの独立を支援したことが背景にあるようです。

そして、パナマはこの時点で中央銀行を廃止しています。今日参考にさせてもらっている林康史立正大学教授(注2)の論文によれば、ドル化について、米国の側からも正式に認められているのはパナマだけであって、残る2ヶ国については暗黙の了解に過ぎないのだそうです(注3)。

気になるのがエクアドルの事例です。ハイパーインフレに伴う経済と政治の混乱の末に、ドル化の道を選んだのですが、中央銀行は廃止されていなくて、何と金融政策を行っているというのです。ただし、理屈の上でも、現在の日本銀行が行っているような質的量的金融緩和(日本国債だけでなくETFのようなものまで買いまくって支払は民間金融機関名義の日銀当座預金にクレジットするというもの)は出来るはずがありません(誰が怒るかって、米国(FRB)が怒ります)。やっているとされる金融政策は、かつての日本銀行が主として「ブレトンウッズ体制」時代とそれに続く「金融(金利)自由化」までのあいだ行っていた(公定歩合などの)金利調節と窓口規制のようです。それでも、窓口規制の緩和で民間への米ドルの貸し出しが多くなった場合にそれが米国の決済システムに流出しないことが必要です。国際金融のトリレンマというのがあって、①為替相場の安定、②独立した金融政策、③自由な資本移動の3つが同時に成り立つことはないのです(前掲のマトリックスの右端を参照)。

今後アルゼンチンが、ドル化への背景は似ているとされるエクアドルはお手本に出来ず、背景が最も異なるパナマをお手本とするところが味噌です。


ぶっちゃけ、昨日今日のお話は、ただちに外国為替の投資に役立つ内容ではないでしょう。私の勤め先でも、チリペソとメキシコペソの取り扱いはあるのですが、アルゼンチンペソの取り扱いはなく(アルゼンチンペソを扱っているFX会社はあるのか???)、今後扱うことももはやないでしょう。しかし、通貨の価値とは何か?中央銀行とは何のために何をしようとしているのか?を深く考えたいときに、このたび地球の真裏に登場した稀にみるリバタリアン政治家(経済学者)は格好の切り口を与えてくれています。ミレイ氏の大胆で極端な社会実験の成功を私はこころから祈っていて、日本のお手本になってほしいと考えているのです。


ドル化などについては、手前味噌ながら3年以上たっても色あせない?以下のシリーズも御笑読みください。

【企画連載】金融の現場から見た「MMT(現代貨幣理論)」~現役FX会社社長の経済&マネーやぶにらみ①


(注2)林先生は、著者と時期は重なっていないのですが、BNPパリバ(銀行・証券)の大先輩で、元為替ディーラーなのです。ちなみに、著者は、当時を含めて為替のディーリング経験がなく、現在の勤め先でも為替ディーラーは雇っていません。なお、参考とさせてもらった論文は、「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」というものです。ネットで検索が可能です。前掲のマトリックスもこの論文にあります(林先生のオリジナル)。

(注3)ところが、エクアドル中央銀行側からの説明によれば、ちゃんと米FRBに対して恭順な態度を示しつつ米ドルの供給を行っているとなっています。

”Services offered by the Central Bank of Ecuador

Exchange all types of US dollar bills and coins using the customer service counter and coin vending machines. Regarding the import of banknotes, we will supply dollars on a national scale in cooperation with the Federal Reserve System of the United States and guarantee the entire economic activity.” 

2023年11月20日月曜日

「アルゼンチンのトランプ」?リバタリアン経済学者のハビエル・ミレイ氏がアルゼンチンの次期大統領に

 X(旧ツイッター)界隈では、ドナルド・トランプ米前大統領が、ハビエル・ミレイ氏に祝福のメッセージを送っていることもあって、我が国でも保守系論客がざわついております。


去る今年8月の予備選挙で首位に立ったときも、同じようにトランプ前大統領からの援護射撃はありましたが、それでも「極右」(?)過ぎる主張や、中央銀行廃止などという現実離れ(?)した政策提言などで、さすがに決戦投票では政権交代は難しいのではないかというのが下馬評だったようです。

しかし、保守とリバタリアンはかなり異なります。共通点のほうが少ないと言っても過言ではありません。

ただ、保守主義にも、リバタリアニズムにも、それぞれ幅があります。それゆえ、議論を精緻にしようとすればするほど複雑でわかりづらくなってしまいます。

リバタリアンに近かった保守政治家ということで思い浮かぶのが、西側先進国では、マーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガン、中曾根康弘ということになるかも知れませんが、この方々は小さな政府を志向していたかも知れないが、国益を第一と考えるゆえに、軍事と外交では存在感がありすぎました。きょうの本題のアルゼンチンとの絡みでは、どうも日本人にはピンと来ないフォークランド紛争という軍事介入をしでかしたのがサッチャー首相でした。結局、「戦争は別だ」という例外扱いを認めてしまうと、それを支えるための積極財政、裁量的な金融政策が必要となってしまい、リバタリアンは成り立たなくなってしまいます。

貧しい労働者や農民を救済するための考え方である共産主義が、「私有財産こそ貧富の格差(階級)という諸悪の根源である」という理念(理想)を背景にしているので、そのために為政者が私有財産を没収すると、気が付くと、ソ連の国民は、帝政ロシア期の労働者農民よりもいっそう喰えなくなってしまっていた、というのと、似ています。

純粋なリバタリアンが大統領選勝利という記念すべき本日くらいは、サッチャー、レーガン、中曽根という偉大な先生方を一旦忘れましょう。

なにゆえハビエル・ミレイ氏がドナルド・トランプ氏の応援を勝ち得たのかと考えるときに、移民政策についての考えがどうなのかというのが気になりました。

リバタリアンの代表的な経済学者と言えば、古くはオーストリア学派のワルラス、メンガー、ジェヴォンズ、ベーム・バヴェルク、新オーストリア学派のハイエク、フォン・ミーゼス、そしてシカゴ学派のフリードマン、ベッカーという系譜です。

原則なにをしても自由、他人による自由の追求(例:犯罪行為)のために自分の自由が脅かされる(自由と自由の衝突)場合には、自力救済(現行法で合法な正当防衛や緊急避難だけでなく仇討ちまで)もOKとするというのがリバタリアンですが、それでも完全な無政府主義は現実的(いますぐ)には困難なので、移民制限はやむを得ないというリバタリアンもいるようです。

しかし、親子鷹と呼ばせてもらいたいミルトン・フリードマンとデイヴィッド・フリードマンに言わせれば、「豊かな国(例:アメリカ合衆国)は貧しい国を援助する必要もないが、貧しい国からの移民を排斥する合理的な理由はない」と断言しています。これがリバタリアンの神髄です。

なお、ミルトン・フリードマンの薫陶を得たシカゴ・ボーイズという経済学者たちが、軍事クーデター後のチリ(アンデス山脈を挟んで本日本題のアルゼンチンと背中合わせ)のピノチェト政権の経済政策をリードし、デフレ圧力という副反応を伴いながら「チリの軌跡」と呼ばれた(自画自賛した?)経済復興を成し遂げたことにも注目です。

移民政策以外で、リバタリアンの間でも意見が分かれてしまうアジェンダとして、避妊や中絶の是非、麻薬、LGBT(同性婚など)、環境問題(SDGs、二酸化炭素排出規制)、新型コロナウィルス感染症に対するワクチン接種の是非などがあげられます。

日本で見てみても、X(旧ツイッター)やYouTubeにはいわゆるネトウヨを喜ばせる保守論客の配信や投稿が活発です。参政党ではないですが、アジェンダ毎に個々人で意見が分かれてしまうのはやむをえないので、暴力を伴わない内ゲバが起きてしまいます。これは左翼側と似ているのかも知れません。

ハビエル・ミレイ次期アルゼンチン大統領の(公約とまでは言えないものの)政治的スタンスをまとめると、

移民政策:不法移民、犯罪歴のある移民の受け入れに反対(リバタリアンとしての例外で、トランプの考え方に近い)
避妊や中絶:禁止すべき(強制性交によるものを含み、母体の命にかかわるものを除く)
麻薬:容認、無関心
LGBT(同性婚など):無関心
環境問題:SDGs、二酸化炭素排出規制に懐疑的ないし否定的
新型コロナウィルス感染症に対するワクチン接種:ワクチンの強制を否定

かなり簡潔にまとめたつもりですが、ほかにも米国、中国、イスラエルとの関係性などについても態度が示されておりますので、興味のある方はWikipediaをご覧ください。

(2023年11月20日現在、まだ日本語版のウイキペディアはありませんが、或る程度は自動翻訳や何かと話題のChatGPTも使えるのではないかと思われます)

ドナルド・トランプ前アメリカ大統領の政策を比較するとどうなのでしょうか?アメリカ第一のトランプの政策がリバタリアン的だったとは思えず、その真逆のナショナリズム乃至ポピュリズムというふうに見られてきていたと思います。しかし、改めて見直すと、大きな政府、小さな政府の違いや、(伸びきった)先進国アメリカと(栄華から落ちぶれた)後進国アルゼンチンという置かれた立場の違いが大きいわけで、トランプ氏とミレイ氏のベクトルはかなり同じ方向を向いていると考えられます。

であるにもかかわらず、内ゲバのさなかとは言え、ネット上で人気の日本の保守系論客のほとんどは、「トランプ推し」にして、ミレイ氏を同様に推すとは思えないのです。

日本でリバタリアンがほとんどまったく育たないことには様々な理由があるのでしょう。

最後に、経済、外国為替などもフォローするブログとしては、触れないではいられないのが、ミレイ氏は、自国の中央銀行の存在をも否定する政治家であるという点です。

ちなみに、私個人は、日本銀行の職員は皆頭脳明晰で良く働いていると思うのですが、結果として、自国通貨を防衛しているのか?物価の安定に貢献しているのか?日本経済の舵取り役として必要なのか?そもそも日本経済の舵取りは日銀なのか?疑問に思っています。

このあたりは、各国の中央銀行がどのような時期にどのような(隠れた)目的で設立してきたのかなどを紐解くと薄っすら見えてきます。





2023年11月13日月曜日

イランのマネーロンダリング疑惑。果たして目的はハマスとヒズボラなのか???

 皆さん、この写真ですが、①どこの国でしょうか?②どの町でしょうか?③そして中央のガラス張りは何の建物でしょうか?


答えは、①イラン、②首都テヘラン、③イラン中央銀行(1979年のイラン革命以降の正式な名称は「イラン・イスラム共和国中央銀行」
です。

日本銀行の旧館は日本橋の街並みに溶け込む素敵な文化財ですが、この写真と比較をすると言葉を失います。

イランの一人当たりGDPは、後者だと $19,942で世界第83位。日本は、$52,120で同第34位です。やれ韓国に抜かれただなどと威勢があがらない統計ですが、こちらは円安の影響をどちらかというと受けづらい購買力平価ベースの数字である点に留意です(2023年のIMFによる推計値)。

イランの中央銀行がこんなに豪奢なビルを建てられるのも石油のおかげなのかと勘繰ってしまいます。かなり古い統計ながら、2007年にイランが「稼いだ」外貨準備700億ドルのうちの8割は原油の輸出から得られたものだそうです(英語版Wikipedia)。ではイランの石油関連の(純)輸出の推移はどうなっているのでしょうか?

こちらの棒グラフが、イランの年次の石油関連の「純」輸出です。石油関連には天然ガスも製品も含みます。イランの場合だと、原油も天然ガスも純輸出国で石油製品は純輸入国、総合で(世界第7位の)石油関連「純」輸出国なのです。

バイデン政権で解除されたトランプ時代の経済制裁の効果が素直に表れているように見えますが果たして実態はどうなのでしょうか?

(石油関連純輸出量ランキング)
(石油関連輸入量ランキング)


何故、下向きかというと、(中国、米国、)日本などの「純」輸入国の「純」輸入量が上向きに出ているためです。

このような出し方をしてくれているのが、世界のエネルギー・気候統計 - 年鑑2023というサイトです。

日本は2011年の東日本大震災による原発稼働停止の影響にも拘わらず、原油や天然ガスの輸入を減らしてきているようにも見えます。この点についても、考察したいのですが、今日の本題はイランのマネーロンダリング疑惑なので、深入りを避けます。

一方、この間、輸入をグングン伸ばしてきたのが中国です。

中国についても国策の不動産バブル崩壊、習近平の独裁基盤強化と閣僚の相次ぐ更迭に李克強の謎の死など経済全体のメルトダウンについて見ていく必要があるのですが、これも措きます。

イランが何をしたいのか?

これを考えるきっかけになったのが、週末目にしたウォールストリートジャーナルの記事でした。

記事を要約すると、
①ガザ地区のハマスは、イランからの送金を、ハワラという手段で(銀行システムを頼らずに)受けていた。
②ハワラのハマス側受取人司令官がイスラエルによって狙い撃ちされて死んだ(2019年)。その後任は、足が付きやすい(?)ハワラのかわりとして、暗号資産を使うことにした。
③2023年10月のテロ攻撃までの間にその軍資金としてハマスが受け取ったもののうちイスラエル当局が差し押さえたものは143百万ドル(米国側情報では、イランからハマスへの「義援金」は毎年100百万ドル)
④ガザ地区にはハマス御用達の暗号資産取引所(仮想通貨交換所)がいまだ活動中であるほか、ガザ地区に帰属する暗号資産のウォレットは経済制裁下のロシアの交換所Garantexにもあるし、Binanceにもある。
⑤イスラエル当局によるAMLCTFから逃れるため、ハマスのウォレットはしょっちゅうアドレスを変えたり、匿名性の強い暗号資産へシフトしたりしているが、ドル建てのステーブルコインは良く使われている。

ここで、米国側としては、マネーロンダリングもテロ資金供与も不都合なものでしょうが、前者と後者は区別しなければなりません。イランからハマス(やヒズボラ)への送金は、ハマスやヒスボラをテロ組織と定義したとして、テロ資金供与にはなりますが、マネーロンダリングを行ったことにはなりません。イスラエルは、10月のハマス攻撃までは、ガザ地区は(ヨルダン川西岸地域とは異なり)ユダヤ人が入植しない二国家戦略でハマスとは言わないもののパレスティナ自治政府による実行支配については黙認していたわけです。しかし、国連加盟国という定義では国はあくまでイスラエル国なので、その権限で、送金の受取の制限をしていたという構成になるのでしょう。

ハワラというイスラム圏(およびインド圏)にとって中世以来伝統の資金移動業そのものがCFTにひっかかったり、ましてやAMLにひっかかっているわけではありません。

ハワラは、日本でも銀行制度が整うまでの遠隔地の送金を為替手形を使って行っていたのと似ていますが、為替手形という有価証券すら存在しないのだそうです。身内~村社会的なコミュニティを構成する資金移動業者間の約束(帳簿)と暗号(秘密鍵)を用いて送金の仕向と被仕向がなされるようです。

地下銀行に例えることもできますが、地下と言っても、イスラムの慣習法上、違法な取引ではありません。

私の記憶では、ホロコースト下のドイツなどヨーロッパ各地のユダヤ人がアメリカへと急ぐ前、財産だけも先にアメリカに送っておこうということで地下銀行のような組織が使われたと聞きます。慣習と私的自治に基づき免許や特許に基づかない資金移動業はイスラム側にもユダヤ側にもあったというのは興味深いではありませんか。

それで、この記事を読んで思ったのは、イランがハマス(やヒズボラ)にどうやって資金や武器を送っているかというのは本筋ではないのではないか。それよりも、イランは米国(側)の経済制裁下で銀行のドル預金(決済)にアクセスできないにもかかわらず、どうやって経済活動を維持して、さらにそのうえで、多額の援助をテロ組織に対して行えているのかということです。

石油を何とか誰かに買ってもらえないかというイラン側のニーズと、米国に黙ってこっそりイランの石油を買えないかという石油純消費国にニーズがマッチするところに、ようやくマネーロンダリングのニーズが出てくるわけです。

問題は、米国の対イラン経済制裁に参加しない陣営もそこそこあるわけですが、ざっくり言うと、石油の純輸出国が多いのです。上述の(石油関連純輸出量ランキング)が参考になります。(旧)ソ連同盟国が点在する中東や中南米の石油純輸出国たちにはマネロンのニーズがありません。

そこで急浮上してきていたのが中国です。しかし、中国が工業製品やレアメタルの輸出で稼いだドルの一部をそのまま、米国(側)のドル決済(例:SWIFT)を利用してでも、イランの原油仕入れ代金として送金する必要があるでしょうか?人民元で良いはずです。いままでのところは。

日本としてもイランやロシアの石油や天然ガスを喉から手が出るほど欲しいところですが、核を持つインドのような勇気ある行動は日本にはとれません。米国に「No!」と言えないのは宏池会出身の岸田文雄首相のせいだというのはちょっと可哀そうすぎます。実際、「公式の」統計を信ずれば、イランの供給減も、日本の需要減も見て取れます。

中国ほどではないものの需要が堅調なのが欧州です。ドイツやスペインがどうやっているのかは気になります。


データと記事をちらほら見たうえでの雑感に過ぎませんが、前トランプ米政権によるイラン核合意からの離脱と米国(側)経済制裁による「西側」結束というのは、原油や天然ガスの運搬そのものへの制限と監視という意味では効果絶大だったでしょうが、中国、インド、闇市場まではどうすることもできない。それを更に担保するためのアンチマネーロンダリング監視というのは効き目があったとは思えないと見えます。

それでもアンチマネーロンダリングがまったく無意味というのも間違いであることを示す同じくウォールストリートジャーナルの記事も関連してありました。

本来、米国(側)のKYC(本人確認~犯罪収益移転防止法)に与する義務を負っている欧米の巨大銀行が、ハマスに実質的に帰属する加盟借名口座を開設してあげていたというものです。


やはり、イランとしては稼いだドルをドルのままハマスに送金したいというニーズもあるようです。