2023年11月21日火曜日

アルゼンチンよ泣かないで~中央銀行のない世界

日本銀行どころか造幣局も印刷局もない世界というのは、なかなか想像できません。キャッシュレス決済がもっと浸透して、中国のデジタル人民元みたいなものがマイナンバー(カード)に紐づけられて、確定申告も要らない世界。便利な一面もありますが、私が親しくしている飲食店の経営者は一致団結して嫌がるでしょう。

昨日ご紹介の、アルゼンチン次期大統領でリバタリアン経済学者のミレイ氏は、このように中央銀行のない世界を最重要の公約のひとつとして掲げて決選投票を勝ち抜きました。

この場合に採用される通貨は、アルゼンチンペソに代わって、米ドルであることが事実上内定しているので、印刷局(注1)もリストラされることになります。

(注1)印刷局が、事実上のドル化の国で残っていることは通常ありえません。著者が知る限り北朝鮮だけが例外です。ただしこの場合の米ドルは偽札です。

補助硬貨の扱いがどうなりそうかは現時点で私は知りませんので、もしかすると、アルゼンチン版造幣局は完全にはリストラされないかも知れません。


中南米には、自国通貨を棄てて、したがって裁量的な金融政策やシニョリッジ(通貨発行権)を諦めて、米ドルを法定通貨とした国が三つあります。パナマ(1904年)、エルサルバドル(2001年)、エクアドル(2000年)です。

結論を先に言うと、今後ミレイ次期大統領が率いるアルゼンチンのお手本というのは、これら3ヶ国のなかにはなさそうです。ただし、金融政策の自由度を捨ててまで物価の安定を目指さざるを得なくなるまで追い詰められた歴史的背景として、一番近い事例はエクアドルかも知れません。逆に言うと、パナマとエルサルバドルは、エクアドルやアルゼンチンのような通貨危機、債務危機(ソブリンリスクの露呈やデフォルト)という背景では必ずしもなかったようです。

極端にドル化の歴史が古いパナマは、完成予定のパナマ運河の利権狙いで米国がパナマのコロンビアからの独立を支援したことが背景にあるようです。

そして、パナマはこの時点で中央銀行を廃止しています。今日参考にさせてもらっている林康史立正大学教授(注2)の論文によれば、ドル化について、米国の側からも正式に認められているのはパナマだけであって、残る2ヶ国については暗黙の了解に過ぎないのだそうです(注3)。

気になるのがエクアドルの事例です。ハイパーインフレに伴う経済と政治の混乱の末に、ドル化の道を選んだのですが、中央銀行は廃止されていなくて、何と金融政策を行っているというのです。ただし、理屈の上でも、現在の日本銀行が行っているような質的量的金融緩和(日本国債だけでなくETFのようなものまで買いまくって支払は民間金融機関名義の日銀当座預金にクレジットするというもの)は出来るはずがありません(誰が怒るかって、米国(FRB)が怒ります)。やっているとされる金融政策は、かつての日本銀行が主として「ブレトンウッズ体制」時代とそれに続く「金融(金利)自由化」までのあいだ行っていた(公定歩合などの)金利調節と窓口規制のようです。それでも、窓口規制の緩和で民間への米ドルの貸し出しが多くなった場合にそれが米国の決済システムに流出しないことが必要です。国際金融のトリレンマというのがあって、①為替相場の安定、②独立した金融政策、③自由な資本移動の3つが同時に成り立つことはないのです(前掲のマトリックスの右端を参照)。

今後アルゼンチンが、ドル化への背景は似ているとされるエクアドルはお手本に出来ず、背景が最も異なるパナマをお手本とするところが味噌です。


ぶっちゃけ、昨日今日のお話は、ただちに外国為替の投資に役立つ内容ではないでしょう。私の勤め先でも、チリペソとメキシコペソの取り扱いはあるのですが、アルゼンチンペソの取り扱いはなく(アルゼンチンペソを扱っているFX会社はあるのか???)、今後扱うことももはやないでしょう。しかし、通貨の価値とは何か?中央銀行とは何のために何をしようとしているのか?を深く考えたいときに、このたび地球の真裏に登場した稀にみるリバタリアン政治家(経済学者)は格好の切り口を与えてくれています。ミレイ氏の大胆で極端な社会実験の成功を私はこころから祈っていて、日本のお手本になってほしいと考えているのです。


ドル化などについては、手前味噌ながら3年以上たっても色あせない?以下のシリーズも御笑読みください。

【企画連載】金融の現場から見た「MMT(現代貨幣理論)」~現役FX会社社長の経済&マネーやぶにらみ①


(注2)林先生は、著者と時期は重なっていないのですが、BNPパリバ(銀行・証券)の大先輩で、元為替ディーラーなのです。ちなみに、著者は、当時を含めて為替のディーリング経験がなく、現在の勤め先でも為替ディーラーは雇っていません。なお、参考とさせてもらった論文は、「ドル化政策実施国における金融政策―エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例―」というものです。ネットで検索が可能です。前掲のマトリックスもこの論文にあります(林先生のオリジナル)。

(注3)ところが、エクアドル中央銀行側からの説明によれば、ちゃんと米FRBに対して恭順な態度を示しつつ米ドルの供給を行っているとなっています。

”Services offered by the Central Bank of Ecuador

Exchange all types of US dollar bills and coins using the customer service counter and coin vending machines. Regarding the import of banknotes, we will supply dollars on a national scale in cooperation with the Federal Reserve System of the United States and guarantee the entire economic activity.” 

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