2009年10月7日水曜日

「子ども手当をばら撒きというひとはマクロ経済がわかってない」

この藤井裕久財務大臣の発言に対して2ちゃんねるではお祭り騒ぎになっているようです。
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1254871259/
http://www.mof.go.jp/kaiken/kaiken_my20091006.htm
そもそもマクロ経済の実態というのは経済学を勉強しさえすれば把握できるような性質のものなのかどうか七転び八起きには疑問。「子どもは親(の所得水準、生まれ育った地域が都会か田舎かなど)を選べない以上、憲法も保証している教育の機会均等、なによりも子どもにとっての将来の夢に向けての公正な競争は、財源問題よりも遥かに高い次元で実現を目指さなければならない」ただその一言で良いのではないでしょうか。

これは週末のNHKスペシャルを視ての感想。「格差の是正が課題であり、格差の原因は、『非正規労働者』の増大であり、またそれは日本が『市場原理主義』を受け入れてきたからだから、『グローバル資本主義』は遮断しなければならない」という目下人気の議論と連動しがちではありますが、大衆迎合の政治上のテクニックを別とすれば、これらの議論こそ遮断すべきでしょう。

競争の行きつく先が戦争であるとも或る意味言えるので、競争は激し過ぎても緩すぎても社会は綻びます。(人類を除く?)生態系は生存競争の結果としての進化(論)を受け入れているというのは定説。しかし原則に対する例外の存在があるから小選挙区制度のようにWinner takes all(独り勝ち)とはなりません。海を泳ぐ魚にとって動物プランクトンが増殖するのは短視眼的には喜ばしいように見えますが、“赤潮”は植物プランクトンを全滅させるので結局巡り巡って魚の餌がなくなってしまうからです。

NHKスペシャルを視たあと、同じくNHKで「ほっけ(𩸽)柱」の話をしていました。海を泳ぐ魚にとって、“浮き袋”が発達していることは自由に色々な深さのところを泳いで餌を探すことができるわけで競争上有利に違いありません。ほっけ(𩸽)にはこの“浮き袋”が殆どないことを解剖で示していました。一年の半分は動物プランクトンの死骸が海底に沈むのを食べている一方、動物プランクトンが元気に海面近くで泳いでいる季節には、ほっけ(𩸽)は群れをなして、“浮き袋”がない分、他の種類の魚よりも断然一生懸命に尾びれを震わせ上昇を目指すのだそうです。この異例の推進力が(空気中の上昇気流が竜巻を生むのと同じ理屈で)渦潮を産み出す。これがほっけ(𩸽)柱であり、回りからどんどんとプランクトンを引き摺りこむので効率的に餌にありつけるというわけです。ほっけ(𩸽)柱が渦潮を伴うので、鴎など天敵も近寄りがたいようです。

これまたかつてNHKのラジオで聴いた話ですが、海底を這うことしか出来ないナマコには天敵が殆どいない(敢えて言えば中華料理好きの人類くらい)そうです。動きが鈍く逃げ足が遅いナマコの類が生き残っているのは、かぶりついたところで皮の部分が分厚い割には“身”が少ないので、わざわざ海底まで潜って捕獲しにいくには値しない獲物だというのが海の中の生き物の間でコンセンサスになっていること、動きがどうせ鈍いのでエネルギー消費量は少なくて済むため、海底の砂を食べてその中に僅かに含まれる栄養分だけを摂取するという非効率的でのんびりした食生活には競争相手がいないことが理由だそうです。

ナマコのような清貧の思想は、無資源国である日本が細く長く繁栄するために重要なヒントを含むような気がします。

競争上有利なものだけが生き残るという進化論が原則に過ぎないことを示す例は、
①有性生殖が絶対有利なのに無性生殖が残っている(前掲のプランクトンなど)こと、
②生存競争におけるモラルハザードを排除した結果が体内受精だとしても、体外受精の魚類は人類が幾ら進化論上遅れていると軽蔑したところで絶えるわけではなく、逆に絶滅してしまえば、巨大赤潮と一緒で、人類そのものまで巻き添えを食ってしまうこと、
③進化論上もっとも進化していると自画自賛の人類は、自然界を制覇しているように見えて、ウィルスとの戦いは半永久的に続きそうであること、
など枚挙に暇がありません。

(グローバル)競争が善か悪かという二項対立からは社会問題の是正への糸口は見えてこないでしょう。第一歩としては競争の結果責任は親の世代は或る程度負うのは仕方が無いにしても、子どもの世代には負わせないという哲学を浸透させることでしょう。

今朝のFT紙は、資源通貨の代表格豪ドルの(予想外の?)利上げ(=リーマンショック後、G10諸国では初)と金相場が(ドル建てで)記録的高値を更新し、世界経済の回復が軌道に乗りつつあると報道する一方、モルガンスタンレーのスティーヴン・ローチ氏の論稿「2008年から2009年にかけての世界的経済危機は国内および国家間のマクロ不均衡が原因。その不均衡が再び危険水域に近づいている」を同時に取り上げています。
http://www.ft.com/cms/s/0/5f02e83e-b2a3-11de-b7d2-00144feab49a.html
http://www.ft.com/cms/s/0/bee43992-b27b-11de-b7d2-00144feab49a.html
マクロ不均衡は人類における“赤潮”そのものでしょう。
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2009年10月2日金曜日

雇用統計とCFDガイド


本日日本時間21:30発表の米国雇用統計。予想(コンセンサスは非農業部門雇用者数で17.5万人減少、ちなみに前回は21.6万人の減少)より更に減少すればドル安、予想ほど減少しなければドル高、・・・




と教科書通りに動くかと言えばそんな保証はありません。予想より余程悪ければ、一方向のドル安はありうるでしょう。しかし、予想ほど悪くなかったとしても、ドル高は一時的かも知れません。七転び八起きが引き続き注目する通貨ペアは相変わらずの過大評価に加えて中国の外貨準備政策とロシアの為替介入




で余談を許さないユーロ/ドルです。雇用統計が予想ほど悪くなかったとしても、1.46台、1.47台は極々一時的でユーロ安方向に極端に反転する動きが大いに考えられます。

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2009年10月1日木曜日

いのちの輝き

「2020年までに1990年比で25%削減」

鳩山総理が打ち出した温暖化ガス削減の中期目標は外交上の先手としては快哉。しかし、米中印など巨大排出国の同調が前提となるだけでなく、核エネルギーの問題は不問に付して良いのかどうかという懸念も残ります。

勿論、核問題をタブー視せずに直視することは、少なくとも我が国を含む成熟経済の国民経済にとっては生活水準の抜本的見直しというデフレ螺旋どころではない騒ぎになるでしょう。国民も政治も忸怩たる思いを持ちながらも出来れば原子力に関わりを持ちたくないのは山々。でも、どこかで誰かが犠牲になっている、人柱になっているという現実を素通りできるでしょうか。

昨年のフェニックス証券チャリティオペラコンサート以来お付き合いをさせていただいているチェルノブイリ子ども基金の来年2010年のカレンダーが、只今、出来あがりました。是非、七転び八起きブログの読者の皆さまも、こちらのカレンダーを御注文され、一見天下太平に見える日本の平和や豊かさも、見えないところで世界の多くの人たちの血と汗と涙のうえに実はなりたっているんだとの思いを馳せてみては如何でしょうか。
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2009年9月28日月曜日

問題は円高ドル安ではない

地場産業の衰退と国内製造業の空洞化、地方銀行の貸出先が住宅ローンと商業用不動産以外に見つからない、、、我が国のことを書いているように見えますが、米国のことを書いているのであります。

米銀ストレステストという官民一体の粉飾プログラムでドル円相場はキャリートレード全盛期のミセス・ワタナベ時代をも凌ぐ低ボラティリティを享受し、ユーロもオセアニア通貨もキャリートレードを再びエンジョイしました。先週来の急激な円高の原因は何も藤井財務大臣の市場追認発言などではなく、米国サブプライムに続く商業用不動産という第二の火薬庫が本丸です。

リスク回避的なトレンドが続くとすれば、もともと安かったドルよりも、ユーロやポンドのほうが下落余地が大きいと思われます。

亀井金融相のアンチグローバル姿勢やアンチ市場主義的な規制が正しいかどうか?とか、マクロ政策はバブルの生成崩壊に対してどう対処すべきか?とか、は物事の本質ではなかったのです。情報通信技術の日進月歩を前に、金融機関や物販の多くはリアルの店舗でサービスをしなければならない必然性を失っているのですが、10年以上前から言われており誰もが(頭では)認めていることなのに、具体的な行動を伴えないのが金融機関なのです。それが我が国の銀行にだけ当て嵌まるわけではないことを、過去1年に倒産した米国地銀の夥しい数が証明しています。東京すら例外ではなく、マッサージ屋や理髪店を除いて商店街にシャッターが下りても可笑しくないのが情報通信革命ですから、不動産担保を前提とした金融仲介機能は空洞化してしまわざるを得ないのです。

ヘリコプターで現金をばら撒いても、銀行の不良債権や大規模商業施設の過剰債務は帳消しに出来ないという真実。オバマ政権下のガイトナー財務長官もバーナンキFRB議長もわかっていてリーマン・ショックに続くシティ・ショックを起こすことは現実的ではないと判断したのでしょう。これは我が国の民主党政権の主要閣僚が理系エリートで物事の本質(デフレを通じたホワイトカラー社会のガラガラポンが一旦は必要だという真実)を理解しつつも、それでは選挙に勝てないから、ばら撒き政策を公約している、というのと大差ありません。

円、ドル、ユーロ、そしてポンドの不美人投票はまだまだ続くでしょう。成熟社会の行き詰まりという点でどの通貨圏も五十歩百歩であり、ドル圏だけがダントツに悪いわけではありません。しかし「IT革命とは、『金融従事者を従来ほど必要としない』ことと覚えたり」という現実は何処の経済圏も素直に受け入れることは出来ないでしょう。金融部門が必要以上に肥大化しているからこそバブルは幾度となく生まれ潰れると七転び八起きブログは説いてきました。これは長期トレンドに賭けることは投資に値しない、ボラティリティにこそ投資すべきだ、という結論を導きます。
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