2010年7月16日金曜日

「愛の調べ」も転調が妙薬に~シューマンの職人技


「愛の調べ」とは、クララ=シューマン役のキャサリン=ヘプバーンの驚異的熱演を忘れることが出来ないシューマン夫妻(・・・とブラームスとリスト・・・)の物語です。

http://www.amazon.co.jp/dp/B000LXIOKO

この映画の中で、最も重要な音楽作品がロベルト=シューマンが作曲した歌曲集「ミルテの花」の第一曲目「献呈」と考えて良いでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=aMYT3wyFz1o

転調シリーズ(!?)前回の

ドンジョヴァンニ~変装と転調の「妙なる調和」
の最後のほうに、モーツァルトが晩年ドンジョヴァンニ作曲時に到達した

臨時記号(♯、♭、♮)を一度に4つも加えて調性をワープさせる

という技法が、その後、ロッシーニやドニゼッティなどイタリアオペラの礎を築いた大作曲家が主として喜劇の分野で効果的に使ったというお話をしました。

一方、この時代のイタリアオペラ、特に喜劇を忌み嫌った作曲家が居ました。シューマンこそがその人です。確かに、「ミルテの花」だけでなく「詩人の恋」や二つの「リーダークライス」を聴くにつけ、オーソレミオ的なオペラブッファとは相容れない価値観を感じることは出来ます。

しかし、この「献呈」、ハイパーリンクを貼った映画の一場面ではピアノ曲として(前半がリスト編曲の言わばヴィルトゥオーゾ版、後半がシューマンの原曲~いずれも実際に弾いているのはルービンシュタイン)では、ドイツリートの中でも珍しい、その臨時記号4つによる調性のワープが見事に組み込まれているのです。

ハイパーリンクからyoutubeに這入っていただきますと、サリエリに似た男(と思うのは私だけ!?これがフランツ=リスト役の俳優です)が、シューマン夫妻とブラームスの前で、自分の編曲を「献呈」するシーンが出て参ります。

「どうだ、凄いだろう」と自慢げに弾くリストを尻目に、クララがロベルトに「違うわ・・・」と耳打ちをする場面。この一瞬で、♭が4つついているのです。

この「献呈」という曲も、短い歌曲には良く見られる

A⇒B⇒A’

という形式で出来ています。いま申し上げた♭4つは、AからBに移る瞬間に追加されています。

A⇒B⇒A’という形式の小品は、短い歌だけでなく、バッハの時代以前の舞曲(メヌエットやロンドなど)や、モーツァルトのオペラの中のアリアや重唱でも極々普通に見られますが、その殆どは、AからBに映るときに臨時記号がひとつだけつく転調です。

(例:ドンジョヴァンニから「手に手を取って」)
http://www.youtube.com/watch?v=GY-_3oCnqtY
ちなみにシエピ+フルトヴェングラーです。

「献呈」の形式美の斬新さは、移動度で読めば、「ド」で終わるAの部分から、その同じ音を「ミ」に読み替えて、すんなりと別世界に聴衆をいざなう点がひとつ。

じつはもう一つのほうが凄いのです。

リストがノリにノッて「献呈」リスト版を演奏しているのに、クララは「技巧だけじゃない」と不満を言いますが、それに対してロベルトが「静かに。・・・面白いじゃないか」とその場をおさめる場面。ロベルトの

It's interesting...

という瞬間が、Bの部分の冒頭の臨時記号の4つが丸々全部取り外される瞬間なのです。

通常、A⇒B⇒A’という形式の曲であれば、最後のA’に移る直前(の1小節)で転調が解除されます。It's interestingの瞬間たるや、再現部A'の開始の、、、ずいぶん前、、、なのです。

シューマンほど、自分の個性や才能の発露を禁欲する一方で、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンの作品を、作曲の技術の集合体として研究しつくして、一歩ずつ上を目指そうと努力した作曲家はなかなか居ないと思います。その作品のユニヴァースの中にあっても、「献呈」の、特に二番目の転調のタイミングと主旋律への練り込み方は、頭ひとつ抜きん出ていると思います。

映画の冒頭にもあるように、クララへの求婚のメッセージとして作られた「献呈」は、感嘆すべき職人技で練り込まれた愛の妙薬だった。。。

愛の妙薬だなんて言うと、泉下のシューマンの逆鱗に触れるでしょうか。ロッシーニら、当時のオペラ作曲家の売れっ子たちへの批判、非難は、子供向けに作られたピアノ曲集「ユーゲント・アルバム」の序文でハッキリと表明されており、「メロディー偏重のイタリアオペラなど聴く暇があったら、バッハの平均律を練習しなさい」らしきことを書いております。

まあ、私はどちらも均等に好きですが・・・

映画「愛の調べ」は、ブラームス問題など、史実とはかなり異なる美談に仕上げられていることでも有名です。いわんや細部に至っては事実がどうだったか判ったものではありませんが、映画監督や音楽監督など制作側が物凄く丁寧に作っておられますので、リストがシューマン=リスト「献呈」を弾く前に「シューマン教授の素晴らしい『メロディー』に・・・」という科白に、ある種の皮肉を込めた可能性はあります。

この映画で触れられているのは、リストが音楽家シューマンの良き擁護者であり支持者であること(ただし、結婚に関わる裁判でクララとロベルト側に立った事実はない)だけですが、もうひとつ、「イタリアオペラもそんなに非難に値するものじゃないよ」と言ってシューマンとロッシーニとの仲裁に乗り出した(が無駄な努力であったこと)、リストはシューマンを高く評価していたが、シューマンはリストを評価していなかったなどなど、いろいろあります。

シューマンが評価をしたのは、リストではなく、ショパンでした。「脱帽せよ。天才が現れた」と最大限の賛辞を贈らせたきっかけになったショパンの曲は作品番号2番の、ドンジョヴァンニの主題による変奏曲です。

主題とは先述の「手に手を取って」
http://www.youtube.com/watch?v=QNGQu0aRqAY
http://www.youtube.com/watch?v=kuxSL_dzzWM&NR=1

「序奏のLargoが長すぎる。テーマは何時始まるんだ!?」と気の短い方の為に、お伝えすると、、、6分30秒過ぎであります。
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